引き出された闇
ザフトの若きエリートがヘリオポリスの地面を踏む。
目立たないようにいつもの赤い軍服ではなく、工作用に黒く装っている。
最後の一人がそろうと、彼らは互いに顔を見合い、頷きあって散った。
それぞれ頭に叩き込んだデータに沿って一切の無駄なく予定通りのコースをすり抜けていく。
しかし、相手も馬鹿ではない。侵入を告げるブザーがしばらくしてから鳴った。
できればキラがハッキングするまでは気づかせたくはなかったが、どうもそううまくいかないのが世の常だ。
気づかれたのなら派手にやった方が相手の錯乱状態を引き出せるだろう。
メインコンピューターは管理側にとっても重要なもので丈夫につくってあるから、そう簡単には壊れない。
脱出するときのために仕掛けておいた爆弾のスイッチを押す。それと同時に待っていた部隊に援護を頼む。
彼らは脱出の際の援護を頼んであったのだが、どちらにしろ、やることはそうかわりはあるまい。あちこちで銃の撃ち合いが始まる。
「キラっ!」
アスランがそう叫ぶと同時に、キラの頭を無理やり片手で下に押さえて敵を撃つ。その背後に現れた敵にはラスティが。
そうして出くわす相手に銃弾を浴びせられながら、しかし、するりするりと滞りなく足は進む。
彼らは確実に目的地まで近づいていた。
「キラ、ここじゃないか?」
最初の目的地、コンピューターの端末を見つけた。
呼ばれたキラは早速それを起動して様々な操作をしていたようだが、早くもメインコンピューターの主導権を握ってしまった。
それらを操って、いろいろな障壁を取り除いていく。もちろん、仲間が動きやすいように。
そして、残っている者が早急に逃げ出すことを思って。
それから重要なデータを探す。
「キラ、あとどのくらいだ?!」
「えっと・・・五分かそのくらいかな。もつ?」
「もたせるさ。」
さすがに重要データとあって、厄介な暗号パターンが並んでいる。それをキラは趣味としているハッキングのテクニックをも駆使して扉を開いていった。
その間にもアスランとラスティがここの警備員にしては精鋭すぎる腕前と撃ちあいをしていた。
しかし、周りの音が聞こえなくなるくらいにキラは画面に集中していた。自分が打つ音さえも耳に届くかどうかというくらいの騒音の中で。
「開いた!!」
後はデータをコピーして、自爆を命令すればよい。
コピー完了までカウントがでる。表示は3分30秒、29秒、・・・・
完了を確認して、コピーを取り出す。そして、自爆をあと20分と設定して、
「完了!ついでにモビルスーツのある正確な場所がわかった。」
そうキラが言うと同時に近くで爆発が起こる。
「うわっ」
「キラ!!」
どうやら他の爆発でここの火気が誘発されたらしい。
瓦礫が落ちてくる。それをなんとか避けて、キラは立ち上がった。
しかし、落ちてきた瓦礫はキラと他の二人を隔てる障壁となっていた。
ここを越えるよりも他のルートで行った方が無難だろう。
問題は一人になってしまったキラだが・・・・・・・
「僕は大丈夫!それよりも場所はデータよりも少し移動していて、前のデータより西の格納庫だっ!先に行っていて!!」
話声が聞こえたのだろう。こちらに近づいてくる足音が爆発音に混じって聞こえてきた。
銃声を聞く。
「キラっ!」
ラスティが瓦礫に思わず手をかける。その気配を感じたのか、キラは叫んだ。
「早く行って!!」
「ラスティ、行くぞ!!」
ここで騒いでいても意味が無い。
それよりもキラがきてすぐに脱出できるように万全の準備をしておくことがこちらのできる最善な手段だ。それにキラはメインコンピューターにアクセスしたことでここの構図をよく分かっている。
(キラ、無事に来いよっ!)
「いたぞ!あそこだ!!」
駆けつけてくる足音、それもかなりの人数がいる。物陰に隠れて反撃する。
爆発によってあちこちから火の手が上がり、煙も結構でてきるので視界は良いとはいえない状態だ。
それを利用してその素早い動きを武器に敵を仕留めていく。
しかし、あまりの多さに二人の体力は確実に奪われていった。そうして彼らは格納庫まで楽とは言えないがなんとか辿り着いた。
先ほどのキラからの連絡で爆発は20分後だと聞いた。
もう、15分を切った。
早くしなければならない。
「アスラン!」
もう目の前に目的物があった。それは炎の中でも堂々とそびえたっている。
アスランはその炎でより迫力を増して映し出された機体を見て、その幻想的な姿に目を奪われた。
電気工作好きのアスランならではの行動であったが、アスランは素直にその機体が美しいと感じた。
「すごいな・・・・」
そう呟いたときに、追っ手がすぐ後ろに近づいていた。間一髪のところでその銃弾をよけてアスラン達は応戦する。
相手を順調に倒していくアスラン達だったが、前に気をとられていて横に注意がいかなかった。炎や煙で視界が利かなかったとはいえ、敵の気配に気づかないのは軍人にとって命取りである。
横からの銃弾。
最初に気づいたのはアスランだったが、気づくと同時にその銃弾は放たれていた。
「ラスティ!!」
一方、イザーク達の方といえば、何の問題もなく目的地まで辿り着いた。
「これか。」
大きな機体が目の前いっぱいにそびえている。それが目標物だと確認するやいなや、イザーク達はそこにあった三体の機体に飛び乗った。
コクピットに座り、OSを組替える。
コーディネーターならではの鮮やかな手つきで、正確に無駄なく次々と画面を変えては設定を換えていく。
そうして扱ってみて、それぞれの口から感想が飛び出るのは至極当然のことであった。
「ふん・・・・ナチュラルどもめ、こんなものをつくって・・・」
「中立国か・・・・・聞いてあきれるね」
「とんでもないですね・・・」
早くもイザークとディアッカのOSは組替えられ、残るはニコルのみだった。
「おい、まだか?」
「もう少しです・・・・・・出来ました!」
「よし・・・・」
離脱するぞと言いかけたイザークの言葉はキラからの通信によって遮られた。
「うん、あと15分で爆発するから。
こっちは二機を奪えばすぐに脱出する。
さきに脱出して、もし必要ならば援護に回って。僕はもう格納庫前にきているから、あの二人も着いたようだし。・・・・了解」
交信を終えて、キラは隠れていた物陰から飛び出した。
あの二人と合流するために、銃弾戦が行われているであろうそこに、耳を頼りに近づいていく。
騒ぎを聞きつけたのか、集まってきた2、3人をキラは正確に倒していく。
しかし、おかしなことに正確なその銃さばきは倒すのにふさわしいところを狙っていない。
足、右手、致命傷にならない適度の傷で、しかし自分を邪魔できない適度の傷を負わせる。
今は、自爆装置も作動させ、余裕はあまりない。そんなまどろっこしく、調整の難しい撃ち方をしている場合ではないのだ。
少なくとも、軍人の目からすれば。
そこまできても、キラは相手に致命傷を負わせない。口には出さずに早く逃げるように祈って、出口まで歩ける者を残して去っていく。
(・・・・・こんなの自己満足だろうけど・・・・一気に死なせてあげた方が楽になることもわかってはいるけど・・・・それでも・・・・・・)
そのとき明らかに警備員の足音とは違う誰かの足音がした。すぐ隣を走り去っていく。
「?」
こんなところにまだ民間人が残っているのか、研究者か、キラはその人物に警告しようと物陰から出て追う。何かを探すようにきょろきょろとしながら走っていたので追いつくのは容易だった。
「ちょっと!君!」
勢いよくこっちを振り向いたとき、その人物が被っていた帽子がとび、炎がその顔を照らした。
どこか、見覚えのある顔だった。
意志の強いことを反映するその瞳は鮮やかな朱色。周りの炎と同じ熱さがそこにあった。
肩までの金髪はその表情と仕草で男と判断してしまいそうだったキラに反発するように、女ということを主張するようだった。
「・・・・・・君は・・・・女・・の子?」
「じゃなかったらなんだというんだ。とにかく離せ!!」
「ここは危険です。早く避難してください!」
と、その少女はキラの格好を見ると眼を鋭くして言い放った。
「お前、ザフトだろう。ここを危険にしたのはお前らだというのにそれを言うのか?!」
「・・・・・それは・・・・・」
「お前はお前の仕事をすればいい。私は私の役目を果たすだけだ。離せ!!」
「それでも・・・・・・」
キラが言いよどんだそのときだった。
ドンドン
撃ちあう音が大きく響く。
近い。
キラはそちらに向かって走り出す。
少女が自分を追ってきていることは知っていたが足が止まらない。
と、アスランとラスティが応戦しているのが見えた。自分がいるところから機体をはさんで下の、すぐのところにいた。
「あ・・・・ああ・・・・・」
隣から驚愕と恐れの入り混じった声がした。
追ってきたあの少女だった。目線の先には目標物である機体がある。
ギャラリーの手すりを握る手が白くぶるぶると震える。
「お父様・・・・どうして!どうして!!裏切りなど!!」
吐き出すような声。手すりをつかんだまま崩れる身体を見て、キラはそこで少女の記憶が蘇る。
(もしかして・・・・カガリ・アスハ?)
キラは驚愕で目を見開いたが、今はそれどころではない。
とりあえず避難させるべきだと、キラは避難口に呆然と力の抜けた少女を連れていく。少女はまだ見たものが信じられないといった様子であった。
通信だけで避難する人が残っていることを伝える。
「すみません。女の子をよろしくお願いします。
ほら、入って入って。」
そう言ってキラは今だ呆然としたカガリを押し込める。少女はそこで何か言いたげに口を開いたが、そこから言葉が発される前にキラは下に向かうボタンを押した。
そうしてアスラン達と合流するべく走る。
先ほど姿を確認した地点でその声は聞こえた。
「ラスティ!!」
アスランの鋭い、しかし動揺した声が聞こえた。
その声にキラはざわざわと胸に迫る感覚を抑えることが出来なかった。
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