忍び寄る闇
「作戦開始だ」
「いいのですか。本部からの連絡を待たずに・・・」
隣で少々固い面持ちの男はヴェサリウス艦長、アデスである。連絡を待たずして行動を開始するクルーゼに少し憮然とした様子だ。
それに少し口端を上げて、クルーゼは答える。
「・・・・・・私の勘がそう告げている。」
長年の経験からだろうか。いやにその表情は自信に満ちているようだ。本当のところは仮面で顔の大部分が隠れていてわかるものではなかったが。
アデスは密かに眉を寄せた。
一応軍人としては尊敬できるほどの戦果をあげている。
仮面で表情が隠れている分、口調で読み取ろうと思っても中々に感情の起伏を読み取りづらいこの男はアデスにとって得体の知れぬ違和感がある。
それでも今は上官である以上、その決定を覆すこともできず、また軍人としての本分を忘れているアデスでもない。
向かうべきコロニーを見据えて、アデスは沈黙した。
「さぁ、宴の始まりだ」
穏やかな日だった。
ヘリオポリスに住む人々が悪い予感を抱く気も起きないほどに。
今もまた、何も知らぬ学生たちの会話が校庭に響いている。
「あれ〜?まだレポート終ってなかったの?今日が提出だよ?」
木陰に座る少年に気づいて少女はそこで足を止める。太陽の光を少女の茶髪がきらきらと反射する。驚いて丸く開いた目は一点の曇りもないように輝いている。
「分かってるけど・・・・徹夜なんだから耳元で大きな声ださないでくれ。」
明るく高い声に情けない声で答えるのは、くせっけの茶髪をもつ少年。その表情は徹夜明けで今はひどいものだが、普段は愛嬌のある顔であろうことが端々に窺えた。
「大丈夫?・・・・・あ、でも、もう教授帰っちゃったみたいよ?」
「ええ〜〜〜??マジかよ・・・・今日の五時が提出期限なのに・・・あの教授いい加減なんだからさ〜。もう・・・」
ぶつぶつと言い訳ともとれる独り言を聞きながら、傍らにいる少女は呆れた表情を見せた。
「だからあんな余裕ぶってないで、もっと早くから始めた方がって言ったでしょ?」
「う〜〜ん・・・・後悔先に立たず〜」
「あのねぇ・・・・」
呆れた表情のまま少女は言葉を発しようとしたが、それは第三者の登場によって妨げられた。
「ミリアリア、トール・・・・まだ残っていたのか?」
「サイ、そっちこそ・・・・」
声をかけてきたのは眼鏡をかけた短髪の少年。理性的な雰囲気を漂わせている。
「ああ、俺は・・・・ちょっとね・・・」
そこで言葉を濁らせて視線を漂わせる様はどうみても変で、少女は首を傾げ、少年はにやついた表情で身を乗り出して問い詰める。
「何赤くなってんの〜?もしかしてサイ・・・フレイを待っているとか〜♪」
「なっ・・・・・」
「あ、ビンゴ?」
意外にわかりやすいサイの反応にトールはにやりと笑った。隣の少女の方も何事か飲み込めてきて、
「そうなんだ〜」
きわめて無害そうな笑顔を満面に浮べてサイに言った。
それにサイはごほんとわざとらしくせきをして、
「それよりもっ!そっちはなんで残っているんだ?」
無理やり話題を変える。それにミリアリアが思い出したように訴えると、サイは内心安堵のため息をはいた。
「聞いてよ〜トールったらレポートまだ提出してないの。しかも教授は帰っちゃったみたいだし・・・・」
「ああ、あの教授ならきっとあそこだよ。」
「「あそこ?」」
ミリアリアとトールの声が見事に重なる。それに苦笑してサイは言葉を続ける。
「例の、研究所。」
「ああ、あの____なんか怪しいとか言われてるところだろ?」
「そうそう、何を研究しているのかって一時期問題になった挙句に、それを調べていた記者が一人行方不明になってうやむやになったところ。」
「なんでそんなところに教授が?」
「あの人も研究者の一人らしくて。その研究に直接関わっているかは知らないけど。
最近入り浸っているの、噂だよ?近くでよく見かけるとか・・・・」
サイの言葉にどことない不安を感じたのか、それとも寝不足で頭が痛むのか、はたまた単に太陽が眩しいだけなのか、トールはふいに顔をしかめた。そして渋った声を上げる。
「ふーん。なんか行きたくない感じだけど、このレポートださないと俺、単位がやばいかもだしなぁ・・・・」
「うーん。あまり行くのはお奨めできないことは確かだけど、トール行くの?」
「行かないと、なんだってば。」
相変わらず顔をしかめているトールを横目でちらりと見てから、ミリアリアはトールの顔を覗き込むようにして目を合わせた。
「そっか。じゃ、私ついて行くよ。一人だと心細いでしょ?」
にっこりと目と鼻の先で微笑むミリアリアにトールは一瞬目をぱちりと見開いて、それからつられたように笑った。
「うん。ありがとう。」
トールはさっきの渋った顔が嘘のように満面の笑みで答える。二人の間に恋人同士の独特な雰囲気が漂った。
サイはやってられないとばかりに肩をすくめて、
「俺はお邪魔みたいだな・・・」
立ち去ろうとした。そのとき、
「何が邪魔なの?」
突然どこからか声が三人の耳に届く。
三人は皆、どこからの声かわからずに辺りをきょろきょろと見渡した。
「あ〜、ここ、ここ」
声は三人の上からしてきて三人は上を見上げた。
我が物顔に木の太幹に背をもたれて、ひらひらとそこで手を振っているのは同じ学校の生徒。仲が良いとまではいかないが、よく話をする少年だった。
漆黒の髪と瞳をもった彼は、最近転校してきたばかりだというのに、すでにその持ち前の愛嬌の良さと気さくさからこの学校の空気になじんでいる。
野性的な感じのする彼は一風変わった存在として噂されていた。
「ケイじゃない。・・・・何やってたの?」
「昼寝」
ミリアリアのもっともと言える問いに、全くマトモではない回答が返ってくる。
それに返したのはトールだ。呆れた声で言い放つ。
「昼寝ェ?そんなところでよくできるな、お前・・・」
「なんてったって野生児ですから。」
自分が野性的だ毛色が違うと噂されていることにかけて述べているのは明らかだが、ひねくれて聞こえないのはその口調と、まるで初めて世界を見たような少年のように生き生きとした表情のおかげだろう。
全く、こういうタイプは苦労せずに世の中を渡れるのだとサイは思う。
他人に嫌悪感をまったく与えない術を生来身に付けているのだから。
「ところで、研究所に行くの?」
「へ・・・?」
突然の切り出しに、トールはつい間の抜けた声を出してしまった。
それに口の片端を上げて、ケイは言う。
「盗む聞きじゃないよ?ここで寝てたら君らの声で目が醒めたんだし。」
悪がきのように弁解するケイに少し笑いをもらして、ミリアリアは答える。
「行くけど、それがどうかしたの?」
「俺も用事あるから行くなら一緒にでも行こうかと思ってさ。」
「何の用事?ケイもレポート?」
「う〜ん・・・・まぁ、ね。大事なものをとりにいかなきゃだし。」
曖昧な答えを発した後に呟いた声はいやに低く、どこか今までのケイとは違和感を覚えた。
が、聞き取れなかったそれを聞き返す間もなく、ケイは突然そこから飛び降りた。
野生動物を思わせる無駄の無い動きは見るものを惚れ惚れとさせる。その動きに一瞬感じた違和感も消え去る。
「あれ?ケイってコーディネーターだったっけ?」
平和な国ならではの質問にケイは苦笑して、
「さぁ、どうだろうね。」
「コーディネーターじゃなくても運動神経良ければさ、今の動きはナチュラルでも可能だと思うけど?」
ミリアリアとトールが考え込む間、冷静に判断を下すのはサイだ。
しかし、その問いにどうでもいいとでも言うようにケイは背中を向けた。
風に弄ばれている黒髪は腰に届くほどに長く、白いTシャツに映るその黒い影は本来の髪に混じって、見た目の量を少しばかりか増やしているかのように思える。
そのバランスよく筋肉のついた健康そうな肉体は歩き姿さえもどこかその野生さを漂わせている。
ケイの後ろ姿というものは、そういえば初めて見るななどとトールが思っていると、
「急がないと五時になるよ。」
トールはその声に時計を見て叫ぶ。辺りに散らかしてあったレポート用紙をかき集めて、慌てて立ち上がる。
「わっやばい!!どっちだっけ?」
「こっちだよ。」
ケイはそちらの方向へ足は動かしたまま、顔だけトールの方に振り返って言う。
つまりは今ケイが歩き出している方が研究所の方角というわけだ。しかし、研究所に行くにはバスに乗って行った方がよい。ケイはバス亭に足の先を向けた。
歩きながら、ケイは何が気がかりなのか、落ち着いた声で言葉を投げる。
「急いだ方がいい。時間を過ぎると、とんでもないことになりかねないからね。」
「?」
その声音に何か違和感を感じたのか、ミリアリアは首を傾げた。が、すぐに返されたトールの声にそれはかき消されることになる。
「そうそう、俺、単位落とすかもなんだよ〜!」
「これにかかっているといっても過言じゃない・・・か。まずいな。今、四時過ぎたところだ。あそこ行っても、教授に会える確信はないし、探す時間もあるから・・・・」
「サイ〜そんな冷酷に判断を下さないでくれよぉ・・・・」
一行は歩く速度を速めた。しかし、その意図しない行動によって彼らは思いもよらない方向への第一歩を踏み出していた。
事件とは、得てして当事者の無意識の行動が他人のまた無意識な行動との交点に達した瞬間に起こるものだ。そして、それはいくつもの偶然が重なり合った結果に過ぎない。
偶然であって、偶然ではすまされぬ再会が成立しようとしていた。
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03・8・10
あとがき
「私の勘がそう告げている」だしたかった言葉・・・・その1。出しちゃった。(笑)
ケイくん登場。君はこんなところにいたのですね。彼はオリキャラなので書きやすいかと思えば、実はあまりイメージが固まってないので書きにくいキャラだったり・・・そのうち慣れると思うけど・・・・