蘇る闇





「ラスティ!!」

アスランの鋭く、しかし動揺した声を聞いた途端にキラは胸の中に隠れていた何かが蘇るのを感じた。




嫌な胸騒ぎがしてキラは階段も使わずにそこから下へと跳ぶ。すたんと重力がないかのようにいとも簡単に着地する。

ドンッドンドン

すぐ近くで銃の音がして、キラは思わず足を止めた。
アスランがそこにいた。
しゃがんだ体勢で今の連射をしたようだ。相手が倒れる音を聞く。
その音を聞くや否やアスランは何かに駆け寄ったようだ。

「・・・!!」

誰かが、倒れた相手の名を呼んだようだ。
しかし、炎と煙でその声の主と自分達は遮断されていた。
声から若い女だとわかる。
遠くから駆けてくる足音。

しかし、そんなことを冷静に判断しながら、キラはアスランが駆け寄った相手を凝視していた。
服のあちこちがを血で染めて倒れている。それが返り血なのか本人の血なのかは、床の血溜まりを見れば明白だった。ぴくりとも動かない。

「・・・・・・・・」

キラはふらふらとアスランの側に寄っていった。
近くでまた誘発された爆発が起こる。さらに炎と煙は激しくなっていく。

「・・・・・スティ・・・・?」

かすれた声は傍らのアスランの耳に入ったかどうか、アスランは気配で気づいたのか、キラの方を向いた。そして、苦しい面持ちで首を左右に振る。

「だめだ。脈が止まった。」

一瞬、時が止まったと思うと、キラの記憶が逆流した。
両親の遺体が脳裏を横切る。

爆発。
煙の匂い。
炎。
横たわる死体。

何もかもがキラの記憶を刺激した。

「嫌だ・・・・・・・・」

これでキラが初めて仲間を失ったことになる。アスランはキラの言葉をそのショックからだと判断した。

「キラ・・・・わかるだろう。俺達は任務をこなさなきゃならない。」

顔を歪めながら言い聞かせるようにアスランは言葉を紡ぐ。
それは自分に対してかキラに対してか。
しかし、キラは相変わらず倒れているラスティを凝視したままだ。アスランの声が耳に届いているのかさえ、その表情からはうかがえない。

「・・・・嫌だ・・・・・」
「キラ」

今度は強い口調でアスランはたしなめるように言う。しかし、それでもキラは動こうとはしない。
アスランはそのキラにどこか違和感を覚えた。

「・・・・いや・・・だ・・・・・嫌だ嫌だ嫌だ・・・・・」

キラは頭を抱える。その場に崩れた。
アスランは舌打ちして、もう自爆まであと10分を切ったことを確認する。

「嫌だ、嫌だ嫌だ!!置いていかないで置いてかないで置いてかないで!!
置いていかないで・・・・・!!」

キラはもはや錯乱状態だ。ラスティの身体をひらすら揺さぶっている。
アスランはキラの肩を叩こうとして、

「嫌だ・・・・・・・・・・・父さん・・・・母さん・・・・・
もう・・・・置いてかないで・・・・」

はっとした。
肩を掴むはずの手が止まって、キラの後ろ頭を驚いて見る。
今、さっきの違和感の正体がわかった。

キラはラスティの死を両親の死と重ねているのだ。
言葉を交わさないまま逝ってしまった彼らに対して、キラは叫んでいる。

どうして自分を置いていくのか
どうして自分を置いていくのか
どうして、何も言ってくれなかったのか
どうしてどうして・・・・・

死人に口なし。キラの問いに答えられるものはもはや、いない。

「キラ・・・・・」
「嫌だ・・・・」

しかし、名残を惜しむ時間などもう、ない。
このままでは自分達も死んでしまう。
アスランは苦しい表情のまま、キラの胸倉を掴んで頬を打った。が、まだキラの目の焦点は彷徨ったままだ。

「キラ!!しっかりしろ!!お前までここで死ぬ気か?!
軍人なら任務を遂行しろ!!」

アスランは滅多にないくらいに厳しくキラを非難する。しかし、その奥にある苦しく痛ましいアスランの瞳がキラを現実に戻させる。

「それで・・・・両親が、ラスティがそれで生き返るのか?!」
違うだろう!!

アスランの声はキラに届いた。キラの瞳が焦点を結ぶ。

「・・・・・・ごめん。アスラン」

しっかりとしたキラの声が返ってきたことにアスランはほっと力を抜く。掴んでいた胸倉を解放した。

「もう、10分を切った。行くぞ。」
「うん。じゃあ、僕がこっちの機体を。」
「わかった。俺はあっちに行く。」

アスランはそうして足音を立てずに機体へと真っ直ぐ進んでいく。
それを気配で感じ取ると、キラはうつ伏せに横たわっていたラスティの遺体を仰向けにし、軍服の胸ポケットを探った。
以前、ラスティがミゲルとふざけているときに押さえていたことを思い出しながら、キラは胸のいくつかのポケットに手を差し込んでいく。
ねるりとした感触が時折指先に当たったが、あえてそれを気にしないように無表情に作業をしていく。
と、あるポケットが膨らみを帯びている。キラはその中のものを取り出した。

手帳だった。
血塗れのそれをキラが手にとってポケットに入れようとした瞬間、その手帳からするりと何かが落ちる。

「・・・・・・」

写真だった。
その人がラスティにとってどういう立場の人なのかはわからない。
ただ、そこで笑って映っている顔は穏やかで美しく、まるで聖母のようだった。

キラの胸の中で何かが溢れる。それは耐え切れずに涙という形で表に現れた。
一筋、また一筋とキラの頬に幾筋もの光る線ができる。
キラは涙を拭わないまま、その写真を丁寧にポケットにしまって、ラスティの手を胸の前で組ませた。
どこかの宗教の習慣だったようだが、その宗教を信仰するものでなくともこの格好は遺体を扱う上で広く使い回されていた。

キラはそうしてラスティの格好を整えると、時間が5分を切ったのを確認して、急いで機体へ向かう。
煙が薄れて、機体のコクピットが姿を現す。
と、キラの首の皮が銃弾で破られる。キラは銃を構えたが、弾がないことに気づいて銃を捨てる。
代わりに相手の懐に飛び込みつつ、装備していたナイフを構えた。
もともと殺すつもりはなかった。甘いといわれても、今のキラに殺せるはずもなかった。
相手も銃を構えていたが、不意に相手が驚いたような顔をして自分の顔を見た。その隙をキラは逃さない。
腹部に拳を埋め込むと、相手の____おそらくは地球軍の女性士官と思われた____身体が沈んだ。
それをコクピットに邪魔にならない程度に乗せて、キラはひらりと飛び乗った。

「・・・・・・むちゃくちゃなOSだな。これだけで動かそうなんて無茶にも程がある。」

キラはぶつぶついいながら、手はすさまじい速さでOSを書き換えていく。次々と画面が変わり、しかし、キラは臆することなく設定を自分用に換えていく。

「さて、と」

そうそうゆっくりとはしていられない。
ここには自爆装置を仕掛けたのだ。仕掛けた本人が巻き込まれたのではしゃれにならない。キラはすぐさま機体を動かす。
目の前の障害は手で壊して通り抜ける。
そうしてとりあえず研究所を抜けたと思った瞬間、背後で爆発が起こった。
ここまで事件と一緒でなくとも・・・・とキラは苦い顔をしたが、すぐに顔をひきしめる。


浅い当身だったのでもうすぐ目が覚める。捕虜にしようなどとは、キラは考えていなかった。
機体を撤退させつつも、どこか安全な下ろせる場所は・・・・と探していると、かつての友人達を発見してしまった。
キラはそれを見て顔をしかめると、

「手を上げなさい」

後ろから声がかかった。寝ていた彼女が起きたらしい。

「・・・・・・」
「・・・・・・・・何故、助けたの?私が地球軍だと貴方は見抜いたはずよ。」
「ついでに、士官ですね?」
「・・・・・・・答えなさい。どうして助けたの?」

女性はまだ銃を向けていた。キラはそれを見て、ため息をつく。

「それが人にモノを尋ねる態度ですか。地球軍の。なんとも物騒で礼儀のない態度ですね。」

そう言われて、女性はごめんなさい、と謝った。銃は下げない。キラはそれを横目で見つつ、

「・・・・・助けようと思って助けたわけじゃないですよ。ただ、殺したくなかっただけです。」

ラスティの死体を見た後にまた死体を見るのは避けたかった。
否、死人をつくりたくなかった。放置して爆発に巻き込まれるなど・・・・キラにとってもってのほかだった。
軍人として処置が間違っていることは否めない。しかし、この感情に勝るものはなかった。

「・・・・そう、ありがとう。礼はいっとくわ。けど、これから私をどうするの?」
「そこらへんで下ろしてあげますよ。」
「そう、この機体はどうするの?」
「持ち帰ります。」
「だめよ。置いてって。」

彼女が銃を構え直したのを音で知る。

「助けてもらった恩人にそれですか。」
「ごめんなさいね、でも、それがないと困るのよ。」

すまなそうに、それでもきっぱりといった彼女の決意は揺らぎそうにない。
キラはため息をついて、それから女性には信じがたい反射神経ですばやく銃を弾き、驚く女性の首筋に手刀を落とした。
そして、また起きては困ると近くに女性士官を下ろした。
さっき見つけた友人らが発見してくれることを願って。

案の定、彼らは機体から下ろされた女性に近寄り、去る機体を見上げて驚いた表情をしていた。
その顔は自分が乗っていると知ったらどんな風になるのだろうとキラは少し考える。
しかし、それは決して楽しい想像ではなかったのですぐに中断した。
ヴェサリウスに帰りながら、ラスティの遺品をいれたポケットを無意識にキラは触れていた。




友人達の中に見覚えのない者が一人いたことをキラは気づいていただろうか。
友人達が駆け寄る中でその一人はじっと機体を睨んでいた。
ケイだった。
その漆黒の瞳は挑戦的な輝きを放っている。

「どうしようか?」

呟くその口調は楽しくて楽しくて仕方ないといった風で、その呟きは風にさらわれて前方の友人達には聞こえなかった。



BACK← →NEXT