始まる闇




「___以上だ。明日は8:00に集合。では、解散。」

予定説明が終わり、各々の自室に戻る。
はずだが、

「キラ、食事まだでしたよね?一緒にいきませんか?」
「あ、俺も〜」
「俺も!」
ここぞとばかりにニコルの誘いに便乗するものがいる。その理由は簡単だ。キラがいるから。

どうも、数日経ってくると、皆の様子が変わってきた。
最初はどこか遠巻きに珍しげに見ていたのだが、ニコルがキラと気が合うのか、仲良くし始めると他の皆も見習うようにキラとの距離を縮めた。
そして、キラは今や最初の様子が嘘のように溶け込んでいる。

ただし、イザークとの距離は相変わらずのようだった。
それはキラというよりもイザークの方に原因があるようだ。
イザークがあからさまにキラを避けているように見えるのは気のせいではあるまい。

「二人ともさっき食べてたじゃないですか。」
「ああ、喉が渇いたなと思って。」
「いいじゃないか、ニコル。人数は多い方が楽しいし。な、キラ?」
眩しいばかりの笑顔をキラに向けるミゲル。
その笑顔はキラが来るまでめったに見られない特上のものだったはずだ。それが惜しげもなくキラには与えられる。
「そうだね。」
キラも笑って返事をした。その笑顔はいつも柔らかく、温かい。
皆、その笑顔に少し見惚れて、いつもの動作に戻る。

そう、キラのこの包み込むような雰囲気と柔らかい笑顔が皆のお気に入りとなったのだ。
軍の中において、このような空気を醸し出すのは容易ではない。
キラが実践をしたことがないからだという者もいるが、そもそも軍という集団に身を置いていると、その中の空気に染まってしまうものだ。

戦場の生臭さ、緊張、憎悪。

決して表に出ることは無い感情だが、滲み出てしまうのは仕方が無い。軍にはそういう雰囲気が漂う。決して暗いわけではない。
むしろ、明るく騒ぐやつらが多いので明るすぎるくらいだ。
しかし、裏を返せばそれは不安で、明るいように見えて、ふとした拍子に面がはがれると闇が覗く。
生死の混在するところでの、独特の雰囲気と言えるかもしれない。

だから、キラの温かい空気が皆、嬉しいのだ。
明るく騒ぐキャンプファイヤーではなく、ひそかに存在する灯火。
派手であるがすぐに消えてしまう明かりよりも、近くでゆったりと自分を照らし出し、ずっと見守ってくれる優しい光を皆、望んでいるのだ。傷ついた身体を休めてくれるのには過剰な光ではなく、淡い光でいい。
その、ふっと灯るような火は彼が笑うたびに心に宿るのだ。

そして、温められると同時に彼らの心に不安が湧きあがったのはいうまでもない。
こんなに柔らかい者が戦場に行けば、どうなるのか。
キラの能力は皆、データを見て知ってはいるが、心がついていくかどうかはわからない。
だから、その灯火を守りたいと思ってしまうのだ。消えないように。
背中の後ろに庇って強い風から守ってやりたいと思うのだ。

「あ、アスランも一緒にどうですか」
ニコルは残っていたアスランにも声をかける。キラもこちらを振り向く。
「いや、遠慮しとくよ。今日は」
「そう、ですか。」
少し残念そうなニコルの表情に苦笑する。ニコルを弟のように思うアスランにはその表情がまるで捨てられた子犬のように思えるのだ。
「機会があったらまた誘ってくれ。」
だから、ついフォローを入れてしまう。それにニコルは嬉しそうに笑って、
「はい!」
それから四人はドアを出て行く。
それを微笑んで見ていると、

「アスラン」
まだ部屋に残っていた隊長から声がかかった。
「今夜、九時に部屋に来られるか?」
「・・・・・・・・はい」
明日はそんなたいした練習はない。
クルーゼはそうして用はないとばかりにドアに向かった。



「ふ〜〜〜ん。今日はアスランか。」
「だな。隊長も好きだね〜」
「というよりは周りに女が少ないせいだろ。」
「まあな。」
ドアを出て行く途中でアスランと隊長の会話を聞いたミゲルとラスティは、隊長の姿が見えなくなるのと同時に囁き声で話し出した。
まだ軍に入って日の浅いキラはニコルに聞く。
「夜の相手ってこと?」
「・・・・・・・そうです」
「ふ〜〜ん。やっぱ軍隊ってそういうのあるんだ。噂には聞いていたけど。」
キラの顔に少し陰りができたのをニコルは見逃さずに、フォローする。
「でも、一応拒否権はありますよ。」
「でも、それをするのはあまりない。まぁ、俺もニ、三回拒否したけど。」
「そうそう、それに部下を指名するのはそう何回もないし。したいな〜と思うときにされるわけだからさ。」
フォローしたニコルの発言にミゲルとラスティは割り込んでくる。
「ミゲル!!」
最後に発した少し率直過ぎる意見にニコルは顔を真っ赤にして注意する。
しかし、それにミゲルは意地悪く笑って、
「ふふん。ニコルだってあるだろ。指名。」
「断りましたよ。」
即答するニコル。苦虫を噛み潰したような顔である。
「なんで?」
「僕はそういうのは・・・・その・・・・」
途中からだんだん顔が赤くなるニコルにキラは笑って助け舟を出した。
「ミゲル、分かって聞くのは可哀想だよ。ふふ、それにラスティも断ったのはどうしてなの?」
やんわりと矛先をずらす。ニコルがほっとしたように息を吐いた。
「え!!俺?!」
「あ、それは俺も聞いたことね〜な。おい、云えよ。」
ミゲルは今度、ラスティに詰め寄る。にやにやと少し悪戯っ子のような表情だ。ラスティで遊ぶというこの状況を楽しんでいる。

「あ〜・・・・・・・・・・・・・・好きな子がいるからさ。ちょっとな。」

答えた言葉は小さめで、顔は耳まで真っ赤だ。
「え!!初耳!!誰だよ〜お前惚れられても惚れはしないタイプだったくせに!」
コノヤロー白状しろとミゲルがラスティの頭にぐりぐりと拳を当てている間に、キラ達は食堂についた。
キラはラスティがさりげなく胸を押さえているのを横目で見て笑った。
おそらくそこらへんに彼女にまつわるものがあるのだろう。

「勘弁してくれよ。」
「云えよ〜吐けよ〜」

冗談なのが二人ともわかっていて笑いながらその会話は続く。
食堂にはあまり人気が無い。どうやら皆用事で出払っているようだ。
いいときにきた。

「奥行こ。奥。」

そういってさっさとミゲルはラスティを引きずるように奥の席に向かう。
それに気にせず、キラとニコルはトレーに次々と夕食を盛っていった。
「これなに?」
「ああ、それは単なる煮物です。少し見た目は黒っぽくて良くないですけど、味は辛味が利いていておいしいですよ。」
「ふ〜〜ん。昨日までなかった気がするけど。」
「おいしいから直ぐになくなるんですよ。キラ最近ずっとここに来るの遅かったですから。」

和やかな雰囲気が食堂を満たし、時はゆっくりと流れていく。


しかし、崩壊の日は近づいてくる。
容赦なく、確実に。










「指名ね・・・・」
キラは指定されたベッドに横たわる。
さすが紅い軍服を着ているだけある。部屋はすべて個室だ。
「・・・・・危険だよ」
キラの双眸がベッドライトを受けて光った。







「おはよう、アスラン」
「ああ・・・おはようキラ・・・」
まだ眠いらしいアスランにキラは眼を細める。その後ろにドアを開けてくるクルーゼが見えた。
思わずその顔を睨みつけてしまう。
しかし、クルーゼはその視線を気づかないかのように無視し、今日の訓練を開始した。
「ああ、あと今回はキラ、君はプログラミングに回れ。以上」
「はっ」
敬礼をして皆、自分の配置につく。
その日、アスランはとても辛そうで、さすがに訓練には支障をきたしはしないものの、顔色は良くなかった。
プログラミングをしていたキラも、それがわかる。
「・・・・まずいよ、あれは・・・」
キラの独り言は誰かに聞かれる間もなく、空に消える。



これが嫉妬なのだろうか
いらいらして、どうしようもない
彼が辛そうにしているのを見ると、昨夜行われたであろうその行為を示されるようで
どこかつらく、苦しい
クルーゼを見れば、押し殺せるほど簡単な感情でもなく、つい、冷ややかに見てしまう。
嫉妬なのだろうか
独占欲ゆえの・・・・
僕は、彼のことを恋愛以上に認識しているが、それがこれほど嫉妬するとは思っても見なかった。


嫉妬。
でも、それだけでもない。
危険だ。
負担がかかりすぎている。
彼をそのせいで失ってしまったら・・・・可能性は低ければ低いほどにいい。
つまりはそういうことだ。
結論はとうに出ている。だけど・・・・まだ決心はつかない。










「キラ、最近忙しそうですね。大丈夫なんですか、身体」
日頃の訓練に加えて、キラはOSの改良、他のプログラミングも手伝っている。
無理はしないようにと隊長からも言われているのだが、まるでそれに反発するようにキラは絶え間なく動いている。
睡眠も少なく、最近は食べる量も少なくなってきている。今のところ、訓練に支障はないから、自己管理として隊長は黙認しているようだ。
しかし、ニコルはもともと細いキラがさらに細くなっていくのが気になって仕方ない。
1つ下の僕よりも背は少し高いくらいなのに、こんなに細くて大丈夫なのか。腕の細さ、首筋の細さ、どれもが自分よりも細いようだ。

(最初は同じくらいだったのに・・・・)

「大丈夫だよ。
ニコルはこの頃会うたびに第一声がそれだもんね。他の皆もニコルの癖が移ったのか聞かれるよ。
でも、大丈夫。大丈夫だよ。」
立ち姿はいつもどおり、他の仕草もいつもどおりで、危なっかしいところはない。だから、この言葉を繰り返すキラは言葉どおりなのだろうと、皆最初は思った。だが____

『いつもそうだ・・・・・お前は大丈夫と言う・・・・でも、大丈夫と何回も繰り返すときほど、お前は・・・・』

『変わらない、お前は・・・・その悪い癖さえも。』

時折見せる表情は、アスランのあの言葉を嫌でも自分達に思い出させた。
その眼を細める仕草、唇を上げる動作、何もかもが普段と一緒なのにどこか違和感があって、そしてそれは次の瞬間にあっという間に過ぎ去る。
「ニコル?」
「・・・・・・・キラ、本当に・・・・・」

大丈夫ですか?そう言っても、目の前の彼はどうせ同じ答えしか返さない。笑って、心配をかけぬように優しく語りかけて_______

「睡眠は大事ですよ?」
「くすっ・・わかってるよ。ニコル。あ、僕そろっといかなきゃ、じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい・・・・・」
キラの後ろ姿を見て、ニコルは周りに聞こえないくらいのため息をついた。
ちょうどキラが見えなくなった直後に、ニコルに話し掛ける声が聞こえた。
「ニコル、キラを知らないか。」
「あ、アスラン」
「OSを今日のデータと照らし合わせたんだが、どうも気にかかるところが・・・・」
データをもったまま、話し掛けるアスランにニコルはここにさきほどいた人物を思う。
「明日ではだめですか?」
「?別にいいが、ただ気になると寝つきが悪くなる・・・・」
「今日はキラ、疲れてるようなのでそっとしておいてあげて下さい。」
「ああ、そうだな。最近あいつは働きすぎだ。」
ニコルの言葉に同意して、アスランは眉を寄せた。
どうやら彼もキラの最近の行動に無茶を感じているらしい。
そして、休めさせようとずいぶん説得しているがキラは頑として休まず、アスランはだんだん不機嫌になっている。最初のうちこそポーカーフェイスで隠していたものの、最近は不機嫌さが表に滲み出ていて、少し声をかけ難い。
しばしの沈黙が流れる。
と、

「ぷっ!なぁんだアスラン、知らないのか?ニコルもはっきり言ってやれよ。わかってんだろ?」
アスランの後ろからした声はディアッカのもの。隣にはイザークがいる。
「ふん、そんなのはどうでもいいだろうディアッカ、行くぞ。」
感情を隠しているアスランに対して隠さないイザークはかなり不機嫌そうな表情だ。眉を寄せた顔のまま、声も低く、アスランを睨みつけている。少し顔を上げて見下すように視線を下ろすのは、見るからにプライドの高そうな彼にはぴったりの仕草だ。
「おい、待てよ。イザーク。お前も見たじゃん。」
前に進もうとしたイザークをディアッカは言葉で引き止める。
「・・・・・・・こいつに言う必要は無い。」
「へぇ?お前以前は全然興味示さなかったくせに、やっぱり・・・」
何を続けようとしたのか分かったのか、突然イザークが振り向いて怒鳴った。

「うるさいぞ、ディアッカ!!貴様に関係ない!!」

睨みつける鋭い視線は何もかも知っているようなディアッカには効果が無く、イザークは腹立たしげにうなった。
「ま、いいや。そっちは教えるつもりないし。今のところ。
ところで、キラの居場所だろ?キラなら今ごろ隊長の部屋だろうよ。」
「ディアッカ!」
ニコルの制止の声もむなしく、ディアッカの言葉はアスランの耳にしっかり届いていた。

(・・・・・キラにアスランには言うなと言われたのに・・・・)

心配性の彼に余計なことはいわないで。
よく理由はわからなかったが、キラの願いを叶えることができることに少々優越感を持って、またキラの苦しそうなその表情に承諾した。

(すみません、キラ・・・・・・)

それにしても、どうしてディアッカが知っているのか、現場には彼もイザークもいなかったはずだ。
ニコルのその考えを見通したようにディアッカは言った。
「さっきキラが隊長室に入るのを目撃したんだよ。俺は。」
何故隊長室の前を通ったのかが不思議だが、それは彼の様子からしてどうしても答えてくれそうにない。
「指名か・・・?」
アスランのかすれた声が耳をついた。
「それしかないじゃん。」
容赦なく肯定するディアッカにニコルは責めるような視線を送り、イザークはますます眉根の溝を深めた。
「そうか」
そのままアスランはくるりと背を向けて自室へ向かう。
その姿にいつもの力強さは無い。
それを追うようにニコルが駆け寄り、何かを言っていた。おそらくフォローでもしているのだろう。

(どうしたって事実は事実だろーが・・・・)

それをつまんなそうに見やってディアッカはいまだアスランを睨みつけているイザークに目を向けた。
「隊長室の前選んで歩いていったのお前だったよな。イザーク・・・・・・気づかない方がよかったんでないの?
・・・・・・・・・ま、仕方ないか、それは・・・・・」
イザークはディアッカの呟くような声に睨んで、自室へと足を踏み出す。

一人残ったディアッカは納得したように呟いた。
「イザークよく見てるしな・・・・・・」
                           


                              03.5.23


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