思い出された闇




「どうしてサイがついてきたんだ?」
「フレイは?」

トールとミリアリアは不思議そうな顔で同じバスに乗り込んできたサイに問う。
それにサイは心持残念そうに話し出す。

「・・・・・・さっき連絡があってさ・・・・」
「あ、さっきの呼び出し?それでデートはキャンセルになったんだ?」
「デートって・・・・違うよ。買い物の荷物もちみたいなもんだから・・・・」

サイはデートという響きに苦笑しながら訂正を入れる。しかしミリアリアはそれを見て笑った。

「それってデートじゃないの?荷物もちといったら彼氏の務めじゃない。」
「・・・・・そうなのか?」

サイが問うたのはミリアリアでなく隣のトール。話をふられたトールは困ったような表情を見せて、言った。

「う〜ん・・・・僕はあまりしたことないけど・・・ミリィと分割して持つから。もちろん、重いのは僕がもつけど・・・・それが彼氏の役目かというと違う気が・・・」
「私が言っているのは一般論。トールを荷物もちだなんて思ってないよ?
でも、一緒に買い物したとき持ってくれるのは本当助かるよ。荷物もちっていうかさ、一緒にいたいんだよね要は。
そういう感じなんじゃないの?フレイも。」

違うの?と首を傾げるミリアリアに答えが返せずに、サイは曖昧に笑って誤魔化した。
実際、フレイとは恋人ではない。
親が決めた婚約者で、だからつきあっているというわけではないが、サイとしては婚約者でなくとも気になる存在ではあった。結構幼いころから一緒にいて、最初は妹感覚だったのが、育つにつれて意識しだすようになった。
この年齢にありがちの近い異性を意識し始める感覚に近いのかもしれない。

「ま、俺も教授に質問があったし・・・・」
「なんか今、無理やり話そらしたような・・・・」
「ミリアリア、そこまで責めるとサイも可哀想だよ。ただでさえふられて落ち込んでいるんだから。」

サイを救うとみせかけて逆に追い詰めている言葉を冗談めいた笑みと共にトールは吐く。

「ふられてないぞ」

これだけは譲れないとばかりにサイは言葉の一部を否定する。
そうして三人顔を見合わせて笑った。
そうこう話しているうちに目的地に着く。

サイはちらりとケイを見た。ケイは自分達の会話を適当に受け流しながら、その視線は窓の外に向けられていた。
どうしてケイはついてきたのか、それがサイのなかで疑問の形で残っていた。
じっと見ていると、ケイはサイの視線に気づいたのか顔を向けて笑う。いつもの笑顔のはずなのにどこか違和感を覚える。

(なんだ・・・?)

「サイ〜降り過ごしちゃうよ?」

ミリアリアの声で我に帰る。そのときすでにケイはトールたちの方へ移動しており、もういつもどおりのつかみどころのない表情をしていた。
サイは微かに眉根をひそめてバスを降りる。
トール達はちょうど研究所の前のバス停で降りたところで、すぐ入り口のところに同じ学校に通う知り合いを見つけた。

「あれ?あれってカズイじゃん。どうしたんだろ。」
「まさかレポート?」
「あ、そうかも〜。だってカズイも昨日同じヤツしてるの図書室で見たし。
おーい、カズイ〜!!」

トールが手を振って名前を呼ぶ。相手は気づいたようでこちらを振り向いた。
トールが止まった相手に駆け寄っていく。

「カズイもレポート?」
「うん。トールも?」
「そう。やんなっちゃうよな〜時間無くてさ〜俺昨日全然寝てないし・・・」

トールとカズイと呼ばれた少年が話し込む間にミリアリアとサイ、そしてケイも追いつく。

「あっ!ってかもうこんな時間ジャン。はやく行かないと!!」

トールはそこで時間に気づく。ケイは入り口へと向かって歩いていた。その後をついていくようにトール達も入り口に向かう。




轟音がした。
ちょうど自分達が研究所の前で呼び止められ、身分と用件を明かすように強制されたときだった。
ビービーと警告音が鳴る。

“建物内に原因不明の爆発が起きた模様。直ちに研究員ならびに研究所内にいる者は全員避難せよ”

爆発

その言葉によって自然とトール達の脳裏にはあの事件のことが横切った。

「あっおい!ケイ!!」

突然ケイが研究所内に走っていく。爆発について内部と連絡していた警備員はふいをつかれ、止める間もなくケイの姿は中に消えていった。
追いかけようとしたときにはもう、入り口には多くの逃げ惑う人々で溢れていた。





ケイは器用に落ちてくる瓦礫を避けながら、燃え盛る廊下をかなりのスピードで駆けていた。そこここに倒れている者を無表情に見やっては走る。
この研究所の構造を知り尽くしているように、その足は迷うことなく目的地に向かっているように見える。
そうして格納庫の近くまで来ると、速度を落としてきょろきょろと何かを探すように歩き始めた。気配は消してある。この轟音の中ならば聞こえないだろうが、念のために足音も消して歩いていく。
壁に沿って身を滑らす。

(・・・・いるな・・・)

ケイの耳に足音と話し声が聞こえる。
そうしてそちらへと歩みを進めると、二人、少年と少女の姿が見えた。あちらから見えない位置でこちらからは見やすい位置へと身を滑らす。

「お父様・・・・・・・どうして!どうして!!裏切りなど!!」

吐き捨てたような声はあの少女のもの。さて、少年は少女の正体に気づいたかどうか。
ケイはひっそりと笑う。
少年はそのまま何も言わずに少女の手を引いて避難口へと押しやる。なかなか冷静で的確な判断だ。人間としては。

「軍人には向いてないけどね。」

呟きは機体へ向かっていった少年には届かない。

(・・・・・・そうだな・・・・・)

判断力でいったらその能力は素晴らしいが、感情面で非情になれるかというとそうでもない。それが少年の欠点でもあり、また重要な要素であった。彼の彼たる所以。

ガコン

近くの壁が崩れてくる。ここにいるのもそろっと限界かと判断してケイは残っている機体をちらりと目で確認するとそこを去った。
出口に向かう途中、メインコンピューターの端末が目に付いたが、もう動かせそうにない。





「どうする?」

バス停まで気休めに避難したトール達はこれかどうしようかと思っていた。近づいてくる警察や救急車の音が聞こえる。
爆発で傷ついた人のうめき声がトール達の記憶を煽る。

「・・・・ケイがまだ中に・・・・」

心配そうにミリアリアが研究所を振り返る。
と、
煙と炎で彩られた研究所の入り口に人影が見えた。
焔を背負ってその人は長い黒髪を煙にたなびかせている。
ケイだった。
衰えることを知らないかのように燃え上がる炎はその赤い色を様々な色へと変え、その中に浮かぶ黒い人はまるでそこに炎がないかのように悠然とした足取りで歩いてくる。

漆黒の髪が熱気で上へと弧を描いて舞い上がる。紅い炎を反射するその髪は黒のはずなのに真紅に見える。
まるでそれは炎を従えた幻想世界の王のよう。
今が緊急事態であるのに、トール達は思わずその光景に見惚れた。

ガコン

入り口の柱が一本崩れ落ちた音がする。
そこではっと幻想から現実へと戻った。頭を振って今の幻想を頭の隅に追いやると、トール達はすでに人気のないバス停を横切って駆け寄る。

「一体どうしたんだよ。あんなところに駆け込むなんて自殺するようなもんじゃないか!!」

トールがケイに近づくなり怒鳴った。興奮のせいで顔が少し赤い。

「ああ、ごめんごめん。ちょっと・・・・・知り合いがいたからさ。」
「知り合いだってもうとっくに逃げてるよ。だいたいケイがいったところでどうしようも・・・・・とにかく無事で良かった。」

本当に心配していたようで、顔が少し青ざめている。
あの爆破事件を思い出して、それが目の前と重なり、当惑しているのだろう。頭の整理が追いついていないという印象である。

「あれ?あの機体・・・・・・」

ケイが今気づいたかのようにキラが乗っているはずの機体を指差す。それにケイを囲んでいた友人らが一斉に顔を向けた。
それはみたことも無い、ロボットらしきもの。
人型だが、その大きさと装備から人間でないことは明らかで。
身に付けている装備はこれから戦をする戦士のようにあちこちに武器が内蔵されているようだ。

「何あれ・・・・・」

どの顔も驚愕に見開かれる。
そうしてその機体がこちらを向いたときにはその威圧感から固まってしまった。蛇に睨まれたカエルのように。
そうしてその機体は自分達の近くにきてから、その中から人を下ろした。
誰だろうと考える間もなく、最初にケイがそちらに歩き出す。その向かう先に倒れている女性を見て、咄嗟にミリアリアたちは救助すべき人だと思った。
もはや、それは条件反射のようなもの。

「行こう!」

トールがそこに向かって駆け出す。
何故か、そうせずにはいられなかった。
不安が胸を押し付ける。爆破事件の残像が脳裏に横切った。
それはあとの三人も同じようで。ケイを除いた四人は下ろされた女性にかけていった。

「大丈夫ですか?!」
「う・・・・」

どうやら目立った外傷もなく、意識も回復しつつあるようだ。
安堵のため息をはいた後、トール達は女性を下ろした機体を見詰めた。最初はその大きさに珍しさにひたすら驚き、その後にどうしてこの人を下ろしたのか、という疑問が湧いてくる。

自分達が助けるように側においたような行動。
すでに背を向けた機体。
その白い機体に何故か懐かしい気配を感じる。
誰か、懐かしい誰かの気配。
あれは____
ケイが近づく足音が思考を遮った。

「ああ、大丈夫みたいだね、その人。」

この場に似つかわしくないのんびりとした声だった。
ぴくりとその人が動き、次の瞬間飛び起きた。

「〜〜〜〜っ」

飛び起きた瞬間に眩暈を感じたのか顔に手を置く。そうしてからしばらくしてその女性は地面の上にいることに疑問を感じたようだった。

「?ここは・・・」
「ヘイオポリスですよ」

ケイがすかさず応えた。その口調はどこまでも平坦だ。
動揺という言葉がこれほどあてはまらない口調もないだろう。

「そう・・・・・・あの機体は?!」
「貴方を下ろしたあの機体ならさっき去っていっちゃいましたよ?」

トールが今度は不思議そうに答える。機体のパイロットと知り合いでないのかという疑問が頭の中にある。あのパイロットの行動は確実に女性を助けるためのものだったからだ。

「・・・・・・・・そう・・・」

ちょっと諦めたような、悔しそうな表情で彼女はその事実をかみ締めたようだった。そうしてから、その女性は辺りを見渡す。
そのままトールの方を一度も見ようとせずに、研究所へと向かって歩き出していった。

「えっ?あのっ?!」

戸惑う声に女性は振り返って笑う。しかしその顔は緊張してか強張っている。
なんの緊張もなく笑ったら、大抵の男は好感を持つであろう艶やかな造作であるのに、全くもったいない。

「君達には感謝しているわ。ありがとう。でも、ここから早く遠ざかった方がいいと思うわ。・・・・・・・・・ごめんなさいね」

最後の謝罪は恩人に対してとった無礼な態度のことだとトール達は解釈したが、マリューはこの惨状をもたらしてしまった軍人としての謝罪だった。

「えっ?ケイ!」

ミリアリアが気づいたときにはケイは女性の後ろを追っていた。
女性は早足で歩いているのとは対照的にケイはのんびりとした足取りで歩いていった。
目的地は同じ。爆破された研究所。

「俺ちょっと用事あるから。」

ひらひらと手をふり、顔を振り返りもせずに言う。

「なっおいっ!待てよ!!」

そのままケイがいなくなってしまいそうな予感に駆られて、トールは呼び止める。ケイは立ち止まらない。トール達はその背中を追って話し掛けた。


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長くなりそうなんで、ここできります。