潜る闇



「・・・・・・・どうしてあの人を追おうとするんだ?」

慎重に切り出したのはサイだ。さっき覚えた違和感が再びサイの感覚に触れた。
ケイはサイの方に顔を向けると、サイのその緊張感を見当違いだと受け流すようにケイは笑う。

「俺はあの人を追ってるわけじゃなくて、さっき言った知り合いがどうなったのか確かめにいくんだよ。」
「・・・・・でも、その人は救助されていていないかもしれないだろ。」
「そうかもしれないけど、確認するだけでもしたいんだよ。」

早足で歩くケイに置いていかれないために、トールたちも歩調を速めてその後を追った。
正直、爆発したそこには近寄りたくなかったが、ケイを追いかけるにつれて、自然とそこに近寄っていく。

歩くケイを止めようとして、ケイを追う形になったトールたちはいつの間にか、ずるずるとケイに引きずられるようにしてそこに向かっていることに気付かなかった。






研究所のゲート3。
そこに今回新種の機体運送のために派遣された、地球軍の軍人が集まっていた。どうにか爆発を免れたものの、どうしようかと右往左往していた面々だった。
とりあえず、入り口付近に目立たないようにと考えが同じな数人が集まったようだ。

「どうしますか?」

黒髪の女性が、金髪青目の年上であろう男性の上官に話し掛けている。それは周りに聞こえないような小さい声だった。他の士官やらはそこらにいるけが人の手当てをしていた。

「とりあえず、生きている連中に連絡とって・・・・・脱出しますか。」
「脱出?」
「そう。あいつら軍艦は持っていかなかったようだし。あれだけでも死守して基地にもっていくべきだろ?これ以上ここにあっても無駄だし。
それにあれに気づいて、やつらがまたこないとも限らない。」
「そうですね・・・・」

「けど、連絡しようにも俺の通信機壊れちまったよ。」
「私のもです。他の者ももっていないようですし・・・・あ・・・」

最後は何かに気づいてあげた声だ。黒髪の女、名をナタル・バジルールというが、その女性は男性よりいち早くそれに気がついた。
ナタルが向いている方向を見て、金髪の男、名をムウ・ラ・フラガというが、その男性はそちらを見て喜びの声をあげた。

「マリュー・ラミアス大尉・・・・無事だったのか。」

その声をうけて曖昧に笑ったのは、さきほどトールたちが助けた女性であった。
彼女の腰には故障していない通信機がぶら下がっていた。




「あれ?なんだろう。研究所の前に誰かいるや。」
「あ、本当だ。」

爆破されて瓦礫となった研究所。爆破される前はそこがゲート3だったところに、数人の人が集まっていた。
その様子がどうもおかしい。
救急隊員ではない。側にいる人の手当てをしてはいるようだが、その視線はまわりをきょろきょろと窺っているようだ。
さらに明らかに救助隊員とわかる人たちとは、なるべく視線をあわさないようにしている。時折、何かを話し掛けられて答えるぐらいだ。

そこの中にさきほどの女性を見つけてミリアリアが思わず指を指す。指差したその先を追って四つの視線が集まる。

「さっきの・・・・・・あの人、なんなんだろう。」
「あの格好・・・・・作業服よね?まさかここに至ってもその研究をどうしようとか話し合ってるとか・・・・」
「まさか!」

だとしたらとんでもない研究魂だ。マッドといわれても少々仕方ないと言えるだろう。
ケイはマリュー達の会話が聞こえそうで聞こえないところまできて、トールたちを振り返った。

「あの中に知り合いがいそうだな。」

ケイが足をそちらに踏み出すと、ケイを追っていた友人たちもそちらに足を向けた。
それにケイは苦笑して、

「ああいう胡散臭いのには不必要に関わるのはやめた方がいいよ。ちょっとだけだから、待っててくれ」

そう言って、トールたちが反論するのを待たずにそっちへ歩いていった。



近づくケイに一人の男が気付いた。
おそらく20代後半と思われる。少し優男風ではあるがその瞳は鋭く、その金髪と青い瞳は地球人によくある彩色である。
硬かった表情を柔らかくするように努めて、その男はこちらに向かって言った。

「坊主、誰か探しているのか?」
「そうです。AA(アークエンジェル)の場所、知ってます?」

ケイはそれこそ世間話をするかのような気軽さでその単語を言った。しかし、その言葉にフラガたちに緊張が走る。和やかだった表情が猜疑の、警戒した表情へと変化する。

(俺たちの目的を知っている?)

それをケイは平然と見た。

「・・・・・誰だ?」
「AA知らないんですか?」

相変わらずのん気な声で尋ねるケイに答えたのはマリューだ。その声は少し硬質であった。

「知っているわ。」
「それは良かった。それで、そこまでのパスワードはどうなんです?」
「!!」

今度こそマリューとフラガは固まった。

(・・・・こいつ・・・・・どこまで知っている?何者なんだ?)

外見はどう見てもカレッジに普通にいそうな学生にしか見えない。表情もまだ子供のそれだ。しかし、その口から出てくる言葉はとても一般人とは思えない。
ケイは相変わらずのんびりと問い掛ける。

「わかっているんですか?」

前言撤回。
フラガは自分は確かに威厳というものが備わっていないと思っているが、子供を脅かすには充分の迫力があるのは周りの人間の立証済みだ。しかもこんな切羽詰った状況なら尚更に。
それなのに、目の前の少年はまるで怯む様子を見せない。これが普通の子供の表情とはいえないだろう。

「お前何者だ?」
「謎の少年とでも。」
「自分で言うなよ・・・・・・」

これは冗談なのか本気なのか区別のつかない声で言った少年に対してフラガは脱力を抑え切れない。なんとなくこの少年には緊張感が保てない。相手のペースに乗せられている証拠なのか。
フラガが脱力している間にケイはマリューの方へ顔を向けると、長めの黒髪の隙間から漆黒の瞳を覗かせて、忠告するように言った。

「早くしないとやつらはAAに気付きますよ。」
「貴方は・・・・・」
「早くしないと手遅れになる。」
「・・・・・・そうね。」

今はこの少年がどうと言っている暇は確かにない。先ほど出会ったザフトの兵はまだ若い、この少年とおなじくらいの年だったが、この少年はザフトの仲間ではないだろう。かといって一般人とも言い難い。
とりあえず、敵でないのなら、放っておいてもいいのかもしれない。
そう思ったマリューだが、そこにフラガが割り込んでケイを睨みつけた。

「それよりもまず、お前の素性だ。怪しいものをそのままにしておいて、後でどんなしっぺ返しがくるか、わからないからな。」

怪しいものをそのまま連れて行動するのは軍人にとって致命的であろう。もし、そのものが敵だったとしたら、自分は命を落とし、下手をしたら仲間にまで危害を与えかねない。
ケイはそれに肩をすくめて、

「確かに。・・・・・・仕方ないか。
俺はアレに乗るために派遣されたパイロットです。」

懐から少し引き出した認証IDを見せながら、ケイが言った。

「お前が?!」
「若すぎるっていいたいんでしょう。だが、これでも俺はちゃんと士官学校を卒業して、ちゃんと技能試験を受けて選ばれたパイロットですよ。」
「へぇ・・・・・・」

フラガはそこで納得する。どうして自分のようなものにも物怖じせずに対応できたのか。
この少年は年上に対応することに慣れているのだ。

「んじゃま、疑いも晴れたことだし、行動を開始しますか。」

少年のいうとおり、ザフトがモビルスーツ輸送計画に気付いていないはずがないのだ。再びモビルスーツで来て、アークエンジェルを探し出し、破壊、もしくは持ち帰ろうとするだろう。
予測できることから対策を練っていくことが先決だ。
と、そこでマリューの腰につけた通信機から連絡が入った。

「こちら、マリュー・ラミアス」
『無事だったんすね。マードックです。こちらも無事でっさ。何人か怪我をしましたが、生きているやつは軽傷です。これからどうしますかね?こっちはいま、表の入り口付近にいて大層居心地悪くて・・・・・・』
「私達はゲート3にいます。すぐにきてちょうだい。」
『了解』

通信機が切れる。それを腰に再び装備すると、マリューは顔を上げた。
その目にすぐにケイが映し出されたが、マリューはケイの黒い瞳から目を逸らして皆に言った。

「彼らと合流したら、すぐAAで脱出しましょう。」






「ケイ、遅いね。」

カズイはケイが話しているのを見てそう言う。こちらもまた周りにいた人の手当てをしていた。途中で救助隊員がきて、運んでいく。
周りのけが人も移動されていく、大分減った。残っているのは救助途中で息を引き取った死体ばかりである。どうやら生きている者の対応だけでも大変で死体を始末する余裕がないようだ。
トールはケイの方は見ずに、死体をいたわしそうに見遣って応える。

「ビンゴだったんじゃないの?」
「ちょっと行ってみる?」

確かにここにいたくないと、四人の誰もが思っただろう。けが人がいなくなったことでうめき声は聞こえなくなったが、やけに静かで、対照的に遠くでがやがやという騒ぎが聞こえる。
静かな中、そこここに横たわる死体を見るのは恐ろしい。

「・・・・関わらない方がって行ってたよ?」
「う〜〜〜ん。でもさ・・・・」

迷っていたところで、女性と話していたケイから声がかかる。

「見つかったみたいだ。」
「えっ良かった!」
「でも、トールたちは帰ったほうがいいよ。」

安堵の声を上げる友人達にケイはそっけなく言った。
反論の声を上げようとしたトール達はこちらに向かって歩いているケイの険しい表情がくっきりと見えて、困惑する。
見つかったのに、どうしてこんな表情なのだろう____と。

「ケイ?」
「関わらないほうがいい。」
「って・・・・・・・お前は?」
「もう関わっている」
「?」
「じゃあ・・・」

短い謝罪と別れの言葉を述べると、ケイは再びゲート3へと戻っていった。
残ったのは、何がなんだかわからないままに置いていかれた普通のカレッジ生徒4人。
不思議と追いかけようという気にはならなかった。ケイのあんな表情を見たのは初めてで、それがことの深刻さを物語っていた。自分たちに何ができるのかもわからない。
そうしてケイの背中はトールたちが追うことを完全に拒否していた。
トールたちは、ただそこに佇んでいた。










研究所内部でも極一部の幹部にしか知らされていないこの地下の格納庫。
その扉は厳重なセキュリティシステムがあるのだが、それを次々と簡単に開けていくケイ。
と、ケイの足が止まり、ケイは特に厳重にロックされている格納庫の入り口を見上げた。
パスワード入力にその手が軽やかに動き、重たい音を発してそこが開かれた。
その格納庫に納められていたのは_____あのモビルスーツを運ぶためにつくられた軍艦アークエンジェル。
ケイはだが、そこで止まらずにAAのさらに奥にある格納庫へと向かう。


「これは_____モビルスーツ」
「おそらく上の五体とは違うグループが手がけたもの。
しかも上の五体よりも性能はかなりいいはずだ。それか、重要な情報や技術が入っているんでしょうね。何ていっても、ここに保存してあるんですから」

ケイはこともなげに研究所の考えを打ち出すと、その機体に飛び乗った。
その様をフラガが少し眉を寄せて見ていた。

(パイロットなのは間違いないみたいだが____)

ただのパイロットにしては秘密を知りすぎているようだ。パスワードなど、ただのパイロットに知らされるわけが無い。乗せる事だけが目的ならば、一緒にそこへ向かえばいいだけのことだ。
ただのパイロットじゃない者がここに送られてくる意味も測りかねる。

(それとも、この予想外の襲撃は予想外ではなかったということなのか?)

パイロットにモビルスーツだけでも運んでもらう。
否、それではとても地球まで持つはずがない。
運搬だけにそのエネルギーを使うなら十分だが、ザフトが追っていることがわかっているなら、当然それが攻撃をしてくることもわかっているはずだ。それを避けられない以上、対戦は必至。
そうなれば、格納庫も何もない宇宙ですぐにモビルスーツはエネルギー切れ。
そのままザフトにお持ち帰りだ。

(だったら、やはりこの少年が・・・・・・)

フラガは目の前で笑う少年に気が置けないことを、戦場で培った本能で感づいていた。



04.3.16


→NEXT

あとがき
途中で止めてまた書き出したものだから文体がいきなり変わっているかもです。(汗)
マリューさんよりもまだフラガの方が軍人らしく、勘も鋭いよね、というお話。(笑