滲む闇
ひどく気が重い
朝見た夢のせいだろう
一年前から見なくなっていたのに
もう、大丈夫だと思っていたのに
久しぶりに見た夢は生生しく、あのときの記憶を鮮明に思い出させる。
そう、記憶だけなら、まだ良かった。
だけど・・・・あのときの思いさえも引きずりだされたら・・・・
どうしようもない、哀しみ、苦しみ、痛み・・・・・憎しみ・・・・
溢れて止まらない。
悔しいのは自分の無力さ
「おいっ貴様!!聞こえてないのか!!」
「あ、ああ。イザークか・・・何?」
「・・・・・・・もう、いい・・・」
おそらく今、シミュレーションでキラがコンビを組んだイザークを巻き込むような射撃をしたことについての文句であろう。
「来るぞ!!」
「了解」
敵のモビルアーマー二機が突っ込んでくる。
一機をかわして横腹にレーザー砲をおみまいし、そのすきに後ろに回りこんだ一機の射撃を、船体を捻ってかわし、その一機に構わず他の敵に砲弾を浴びせる。
後ろについたままの一機にはすでにイザークが回り込み、撃墜した。
残り三機もなかなかに息のあったコンビネーションで屠っていく。
『すべての機体沈黙。シミュレーション完了。
観測データの送信。
味方の損傷無し。敵に対する射撃命中率・・・・』
機械独特の抑揚の無い無機質な声が響く。
いつもは気にならないそれすらひどく癇に障る。
いつの間にか、データを読み上げる声は事件の主要犯の声にとってかわり、キラは思わず耳を塞ぐ。
『・・・コーディネーターハ・・・世界ノ異分子ダ・・・・
・・無ニ帰ス・・・消滅シナケレバナラナイ・・・・・・・』
大丈夫、大丈夫、もう、終わったことだ。
これは違う。大丈夫、大丈夫。
どくどくと心臓が早鐘のように鳴る。
落ち着けるように息を深く吸うと、すっと動揺が収まるのがわかった。
気分が落ち着いてくると、やっとシミュレーションシステムから這い出た。
すでにイザークはでていて、データを見ている。ちらりとキラに視線を送ったきり、何も言わない。
ただ、視線は逸らしていても、意識はキラに向いているようだ。
キラはそれに眼を細めるだけで反応し、イザークに近づく。
「イザーク、お疲れ様」
データ用紙を上げてそれを挨拶とする。
「ああ」
イザークは眼を合わし、すぐに逸らす。
どうやら嫌われたようだとキラは感じつつも、他のメンバーとのデータと照らし合わせる。イザークとのコンビは確かにやりやすい。というよりも、イザークがキラにあわせているような感じだ。
だが、それでも最初のときのずれが少ない。
相性がもともと良いようだ。
一番相性が良かったのは当然、アスランだった。幼い時から一緒にいたせいか、相手の思考が手にとるようにわかる。考えるというよりも感覚に近い読みで動ける。身体が勝手に動く。そして、相手もそれがわかるようだった。
(こればっかりはね。一緒にいた時間が圧倒的にアスランの方が多いし、他の人とも会ってすぐだから、性格も癖もよくわからないし。)
しかも、たとえ相手を良く知っていても、天性の戦闘の相性というものはある。完璧に近づけることはあっても、そこにはたどりつけないこともある。それには根本的な感覚の相性が必要なのだ。
これは訓練でもっても、なかなか解決できない。
「キラ、隊長が呼んでる。」
データとにらめっこをしていたキラにラスティが声をかける。その声に反応して、キラは顔を上げた。
さらりとこぼれた茶髪から大きな紫電の瞳が覗く。
きらりと光を反射した色にラスティはしばし眼を奪われる。
何もそれはラスティだけではない。会った当初から、皆、キラのふとした動作にはっとするようだった。
その理由はまだ会ったばかりの彼らにはわからない。
綺麗だとは思った。
だが、それだけで、人をこんなにも惹きつけるものなのか。
綺麗だけなら、それなりにいる。
でも、その中でも眼を惹くのは・・・・
「わかった。ありがとう。」
キラが礼を述べると同時にラスティははっとして振り返り、すでに背を向けたキラの姿を見た。
軍人のように隙の無い身のこなしとも違う、しなやかで流れるような物腰だ。
自分の足音さえひどく疎ましく、目の前がぶれる。
目の前がチカチカして、身体が重い眩暈が身体を襲い、自分の身体がよそよそしく感じられる。
気持ち悪い。
掌を額に当てると、額のものか掌のものかどちらともつかぬ汗を感じ、その冷たい感触に眉をひそめた。
疲れ・・・・ではない。否、それもあるのかもしれない。
が、根本にある原因は・・・・
そう、身体さえも、あの記憶に引きずられているのだ。
忌まわしき事件。それは胸にナイフを突き刺されたようなもの。
ナイフはあのときからずっと、胸に突き刺さったまま、抜かれる気配は無い。
溢れた血はもうすでに赤黒く乾いて、独特の匂いが鼻を刺激するが、乾いてもなお血は流れ続けている。
思わず胸を抑える。
心臓の音が耳に鳴り響く。
耳鳴りがする。
『無二帰ス・・・・・・消滅シナケレバナラナイ・・・
排除・・・・・排除・・・・裏切リ者メ!!・・・・
・・・断罪者・・・・・・裏切リ者!!裏切リ者!!裏切リ者!!裏切リ者!!』
ガンガンと鳴り響く。頭が痛い。
これは何?
これは何?
血が、肉が、骨が、千切れた体の一部が降る。
誰のもの?
鳴り響く音はますます大きくなり、その振動に頭が割れそうになる。
「あ・・・・あ・・・・」
両手で頭を抱えるようにして、その場にうずくまる。
耐えられない!!
「キラ!!」
痛い、頭が割れるよう・・・・
痛い、胸がはちきれそうに・・・
痛い、体中が・・熱い・・
痛い、心が・・・求める・・・・
「キラ?!大丈夫か?!」
誰かの声、いくつもの足音、気配、感覚
「どうした?!おい!!救急班を呼べ!!」
どこか遠くのことのように、音が遠い。
耳にリアルにとどくのは心臓の音だけ。ひどくうるさい。
____裏切リ者______
ドクンッ
一際大きな心臓音がして、そのままキラは目の前が真っ白になる。
「キラ!!!」
だ・・・・れ・・・・?
耳を通るだけのものが突然、存在感をもって自分の耳に届いた。
懐かしいこの声は・・・・?
「だ・・・・れ・・・」
僕を呼ぶ、この声は・・・・聞いたことのある、とても聞きたかった声。
この声の調子が心を和ませてくれたのを覚えている。
あれは誰?
誰?
だれ?
ダレ?
自分は答えを知っている。
それを求めていたのだから。
ただ、ひどく遠くてつかめない。手を伸ばしてみても・・・・・
「キラ!!」
伸ばした手をつかまれ、びくっとキラは身体を震わせた。焦点の合わなかった瞳が戻り、色も通常に返る。
目の前に何故かアスランがいて、ああ、さっきの声はやはりアスランか、と上手くまわらない頭でゆっくり考えた。そして、自分の顔をのぞく数人を認識する。
(イザーク・・・・なんでそんなに驚いているのだろう・・・ディアッカも・・・ラスティも・・・・・・・・アスランは何故そんなに焦った顔をしているの?)
「ア・・・スラン・・・」
口が上手く動かない。震えているせいだと気づくのに数秒。
「キラ・・・・大丈夫か?具合悪いのか?」
青ざめているアスランを見て、キラはくすりと笑った。
何故だか、笑いたくなった。きっと、心配してくれる人がいることに喜びを感じたのだろう。
(アスラン、また君が救ってくれたんだね。)
「大丈夫だよ。もう・・・」
アスランの腕に倒れるように寄りかかっていた身体を立て直し、ゆっくりと立ち上がった。少し足元がふらつく。が、もう、アスランに寄りかかろうとはしなかった。まるで、それを恐れるかのようにキラは足を踏ん張る。
「ほら・・・ね?ちょっと眩暈がしただけ。昨日はいろいろしてたら寝るの遅くなっちゃって。」
心配させないように明るく言って、キラはアスランの顔を覗き込む。それにアスランは顔をしかめて、しかし開きかけた口を閉じ、最後に憮然とした面持ちになる。納得していないようだ。
「大丈夫だよ?」
念を押すようにそういうと、アスランはキラを睨むようにして言った。
押し出された声は低く、怒りを抑えるようなものだった。
「いつもそうだ・・・・お前は大丈夫と言う・・・・でも、大丈夫と何回も繰り返すときほど、お前は・・・・・・」
それに比例して苦しんでいる。
まるで、自分に言い聞かすように紡がれるその。
「変わらない、お前は・・・・その悪い癖さえも。」
「失礼だね、きちんと変わったよ?僕は・・・・この二年で大きく変わった。」
見抜かれた気まずさからか、キラは冗談めいた口調で言う。
「キラ」
話をずらそうとするキラを諌めるようにアスランは語調を上げる。
目は真っ直ぐキラを捕えて逃がさない。
その瞳の強さに、輝きにキラは少しの間感嘆して、諦めたように眼力を下げた。
「わかったよ。アスラン、話せばいいんでしょ?でも、それはお互い様だからね。」
(そう、君のことが知りたいよ。僕がいない二年・・・どうしていたの?何故、こんなところにいるの?君はその答えを持っているの?)
静けさの中、見詰め合う二人の雰囲気に口をだせる者などいようはずもなかった。
03・5・8
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あとがき
どう・・・でしょう・・・(汗)
なかなか進まない・・・(涙)
読みやすく行間を開けて見ました。よみにくいですかね??