誓い2
パナマから少し南に位置する小島。そこにキラはいた。
初めてここに降り立ったとき、なんて静かな場所だろうと、そう思った。
その島の町からは少し離れているせいもあるが、その町さえも静かに存在していた。
まるで、失われた魂を弔うかのように・・・・・
そう、ここは墓だ。あの戦争で死んだ者の。
キラは毎日朝早くに必ず訪れているところがあった。花束を手にして____だからそこは毎日新しい花が添えられている。
“cygel=clain”
この小さな星に埋められることが彼の望みだろうといった少女は怒った風で。
「突然ここの別荘を買って、なんとなくそんな気分だったと・・・なんでもないように言って・・・でも、きっとわかっていたんです。もうすぐ死ぬと。
そして、墓場をここに・・・何も無い、ここに選んだ。
静かな場所でしょう?
常に喧騒の中にいたのに、最後は静かに眠りたかったのでしょうか・・・それとも・・・・・こんなことを思っても無駄ですわね・・・
死んだ者が返事を返してくれるはずもありません・・・・・」
彼女の横顔に涙が滲んでいるのを見た。
彼の最期を見届けることさえできなかった自分への怒りなのか、それとも最期まで自分を励まし続けてくれたことへの感謝なのかはわからない。
それはどこか哀しみとも違った性質の涙だった。
それはよく見かけた戦死者への涙とも違って・・・・・何か、自分への誓いだったのかもしれない。
「ラクス、お父さんは多分、笑ってくれていると思うよ。」
死体は損傷が激しく、その表情はとても笑っているようには思えなかったが、それでも僕は彼が笑おうとしたのではないかと思った。最期に娘に笑いかけたかったのではないだろうか。
お前は正しいと・・・・・娘の背中を押してあげたかったのではないか。
「キラ・・・・・」
彼女はそれに少し頷いてから、耐えかねた様に僕に抱きついた。彼女は離すまいとするようにきつく僕の服をつかんでいた。
力を入れすぎて白くなるくらい。
震える肩が寒そうだと思った。
嗚咽を上げるその唇を噛みしめる彼女をただ見詰めることしかできなくて、つらくてつらくて少しでも温かくしてあげたくて、ぬくもりを与えるように柔らかく抱き返した。
「笑って見てくれているよ、ラクス」
ラクスにしっかり伝わるように僕はゆっくりとその言葉を紡いだ。
「・・・・キラ・・・っく・・・りがと・・・う・・・・」
そして、彼女は自分のいるべき場所へ帰っていった。僕がここにいることは僕から連絡があるまで決して誰にも言わないと約束して_____
「ラクス、僕は・・・・・」
「何も言わないで下さい。
ただ、キラが静かに過ごしたいというのならここがいいと思います。父も喜ぶと思いますし・・・・・」
「ラクス・・・・・」
「最後のわがままを許してくださいね・・・・」
違う。許されなければならないのは僕だ。
傷ついた君に何も出来ずにただ自分のことだけを・・・・・
わがままは僕の方。それを受け入れたのは貴方。
ラクスの最後のわがままさえ、僕のためなのだとわかっていた。
『迎えに来る方がいらっしゃるのでしょう?』
帰る時、ちょっとだけ振り返って微笑んだその顔を今でも忘れていない。
こっちが驚くくらい穏やかな微笑だった。
「強いね、ラクスは・・・・・」
しかし、強いからといってすぐに乗り越えられるわけでもなく、冷静になれるわけでもなく、哀しくないわけはない。
でも、彼女は決めたのだ。これからを生きる人間のために生きるのだと_____
自分もそろっと決めなければいけないのかもしれない。これからのことを。
いつまでも人の厚意に甘んじていてはいけない。
もうあれから数十日が経とうとしている。
皆、あの戦争からやっと立ち上がってきている。
破壊された無残な都市や町もだんだん復興活動が盛んになってきていた。
皆、乗り越えてきている。
悲しんでいても、死者は蘇らない。
それは生存者の精一杯の死者への感謝と決意の表れだったのかもしれない。
自分だけ、こんなところで立ち止まっていては・・・・・もう充分に考える時間は与えてもらった。答えを出さなければと思うのに・・・・・どうすればいいのだろう。
町の復興とか、そういう具体的なことじゃない。気持ちが追いつかないのかもしれない。
戦争が終わってから、どこか胸に穴があいたような・・・・その穴を冷たい風が吹き抜けていく感触がする。
戦争は終わったのに・・・・・
自分だけが終わったように感じられない
戦争の中に取り残されたようで・・・・・
どうすればいい?
ただ肉体に流されながら今は生きている。
身体が食事を必要として、睡眠を必要として______平均以下の摂取ではあるが。
このまま、流されて生きていくのか。
流されていれば答えは見つかるの?
ふと、彼の顔が脳裏をかすめた。
「・・・・・・・もう二ヶ月か・・・・」
彼に会いたくて会いたくて・・・・でもけじめをつけたくて・・・離れたくて、会いたくて・・・・・どうしようもない。
そんなぐるぐるとした思考を振り切るかのようにキラは首を振り、持参していた花束を墓に添えた。胸に手をあてて、弔う。
「ヤマト」
後ろから最近ではすっかり馴染んだ声が聞こえた。
「キラでいいですって何回言ったか忘れちゃったよ?タージさん」
キラは少し笑って冗談を言ってみる。それに相手は苦笑して、
「そういうわけにも・・・・君は俺の恩人だし・・・・それに・・・今更な気も・・」
「今更っていうならそっちの方が、今更な気がしますけど・・・・」
「いや、あ・・・そうかもだが・・・君にはいろいろしてもらったし・・・」
「そんな大したことはしてませんよ。僕にできたことは少しです。貴方自身が強かったんですよ。」
そう言うと、相手は苦笑した。これ以上の問答は無駄だと判断したのだろう。いつも謙虚なキラの物言いをそろっと理解してきたのだった。
「タージィ?」
「あ、アキだ。じゃ、今日はここで失礼。君も・・・・・自分の身体を大切に。あ、心身共にね。心も大切だから。じゃ、また・・・・」
少々不器用な言葉を操ったかと思うとタージと呼ばれた青年はキラに背を向けた。自分の名を呼ぶ声の方へと向かう。
呼んでいるのは声からして女性だろう。前に聞いた“大事な人”であろうか。
大事な・・・・・人。
「・・・・・・・・イザーク・・・・・」
その呟きを聞いたのはちょうど吹いた涼やかな風だけだった。
「見つからない・・・・っっ」
何度も探した。何度も何度も。
それなのにこの手ごたえのなさはなんなのか。
(キラ・・・・キラ・・・・・・)
この胸の内が届けばいいのに・・・・・・
「キラ・・・・・・っっ・・・どこにっ」
見つからない。見つからない。
焦るばかりの毎日。
後悔だけが内を満たしていく。
頭に浮かぶのは最悪の結果。
首を振って耐える。
何もかもが遅い。遅い。
もしも・・・・・手遅れだったら・・・・・?
ぞっとした。最悪の結果。
「キラ・・・・・キラ・・・・・どこに・・・・?」
思い浮かぶのは最悪の結果ばかり。
それを振り切るかのようにイザークはデータをあさり始める。すでに部屋のどこもかしこもがそれらで埋まっている。歩くスペースもままならないくらいに。
その中を何かにとりつかれたかのように一心不乱に探すイザーク。目に見えてやせていく身体。
「どわっ」
何かが音を発した。しかし、今のイザークにはそれも届かない。
「ったくこりゃ半端な量じゃないな・・・・おい、イザーク。」
勝手に入ってきたディアッカはそこでイザークがいつもと違うことに気づく。その目に自分が映っていない。いや、データすら目に入っていないだろう。
おそらくは思い人しか今のイザークの頭にはない。それに反応するように身体が動いているようなものだ。
「どこに・・・・どこに・・・・・」
「イザーク!!」
どこか危うい雰囲気を持ったイザークの肩をディアッカが掴む。しかし反応はない。ただデータを漁っている。
「イザーク!!」
強く肩をつかんで自分の方に引くが、イザークは鋭く手で払ってこちらを見ようともしない。
「イザークっ!!」
今度は無理やりこちらに身体ごと向かせる。両手を使って。
そこでやっとイザークの目にディアッカが映った。
「・・・・・・どうした?ディアッカ」
「どうしたは俺が聞きてぇよ・・・・・」
(このままじゃだめだ・・・・なんとか手を打たねーと・・・)
追い詰められているイザークの胸の一部を垣間見たようでディアッカはらしくもなくぞっとした。
「パーティー?」
「そう、お前、最近切り詰めすぎだから。息抜きにでもさ。」
「・・・・・余計疲れるだけだ。そんなもの。」
「まぁ、まぁ、久々にアスランにも会えるみたいだし、それに情報ももしかしたらつかめるかもよ?」
最後のは気休め程度にしかならないが、言っても間違ったことではない。実際、このパーティーでは終戦に関わった様々なお偉いがたというものがそろっている。キラを知っている者も少なくはないだろう。
「ああ、最近見なかったあのラクス・クラインも久々に集まるってよ。彼女ならなんか知ってんじゃないか?最後までキラと一緒にいたっぽいし。
それにキラは彼女の・・・・・」
お気に入り・・・・そう言おうとしてイザークの睨む視線に口をつむぐ。
「何だって?」
「あ、いや・・・・」
「ディアッカ」
じりじりと詰め寄ってくるイザークの迫力に圧されてディアッカはつい口走ってしまう。
それにどうせパーティーに行けばいやでも入ってくることかもしれないので、いいだろうとディアッカは考えた。
「・・・・・・そんな大したことじゃねぇよ。ただ、あのお姫様がキラのことを好きなのは一目瞭然だったってことだ。キラの方はどうだか知らないけど・・・・」
ディアッカはなんでもないように装って言ったが、ちらりとイザークの方を見た。
予想通り、そこには眉根を寄せたイザークがいた。
上品な装いをした人々がそれぞれに挨拶を交わしていく。
流れる音楽に耳を傾けると、それと一緒にくだらない噂話も耳に入る。
一見して華やかな会話ではあるが、その奥にちらちらと見え隠れする本音、企みはこの場に置いては至極当然のことだろう。
(わかってはいても、気が滅入るのはどうしようもないな・・・・)
アスランはバルコニーでグラスを弄んでいた。遠くから色々な視線がよこされているのも無視して外を___正確には夜空を見ている。
その端正な横顔は一種の近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
しかし、それに声をかけた人物がいた。
「よぉ、元気にしてたか?」
アスランは振り返るとそこにいた旧知の姿に笑った。そんなに時間は経っていないはずなのに妙に懐かしく、また相手の成長が目に付いた。
もともと自分よりは高かったその背がまた高くなっている。骨格も大人のそれになりつつある。
何よりも顔つきが変わったのだ。
自分をわきまえた者とでもいおうか、己の力量と限界を知っている者とでもいおうか。限界を知りつつも挑戦する者といった方がこの男には合うのかもしれない。
若い特有の落ち着きの無さ、無知といったものが今のこの男には感じられない。
「ディアッカか。久しぶりだな。イザークは来なかったのか?」
「ああ。イザークはあそこ。」
ディアッカが指差した先には様々な人から挨拶をされて少々不機嫌そうなイザーク。
「相変わらずそうだな。」
「愛想がないって?」
にやにやと笑いながらディアッカはアスランに視線を送る。その目が言っている。お前も似たようなもんだと。
というかアスランの場合は人見知りがあるのかもしれないが。
「ディアッカ、それより、イザークは・・・・・・どうなんだ?」
「・・・・・・そっちも相変わらずだ。いや・・・さらに悪化してるかもしれない。」
口調の変わったアスランに今度はディアッカが真剣な声で答える。その脳裏には先日の追い詰められたようなイザークの行動が思い出されているだろう。
「この混乱の中で人一人見つけるのがどれだけ大変か・・・・いくら調べてもそれが正確とも限らない。今はどこもかしこも混乱していて、住民の記録も確かかどうかわかっていない。
復興だけで手一杯でそちらにまで回らないんだ。おかげで犯罪率も数字的には増えてないが、加算されていないものがかなりあるだろう。戦争時よりひどいかもしれない。
まぁ、そういう感じで・・・・情報も確かかわからないしな・・・・もう少し落ち着いてから調べた方が効率的だと思うんだが・・・・イザークは何を焦っているのか、聞かないんだよ。」
困ったように話すディアッカにアスランは目線をやって、そして手にあったグラスを弄びながらバルコニーの外を眺めた。
しばらくして、ぽつりと呟くように話し始める。
「それは・・・・そうだな・・・キラの雰囲気のせいかもしれない。」
「キラの?」
「あいつは・・・・・なんていうか・・どこか消えてしまいそうな雰囲気があるだろう?
時折、どこか先を見据えた言葉を口に乗せる。遠くを懐かしいように見る。
そういうことひとつひとつが・・・
ときどき、俺でも怖くなる。いつか消えてしまうのではないかと・・・・
どこかへ行くのではないかと・・・・・・一体何があいつには見えているのか、ときどきわからなくなる。」
「つかみどころのなさではあのお姫さんとも張れるってか。」
「ラクスのことか?」
「他に誰がいるんだよ?」
にやりと笑ってアスランを見るその顔にさっきまでの苦悩の表情はない。
本当にこの男もつかみにくいやつだとアスランは思う。
イザークのことを本気で心配しているのだろうが、どこか緊張感が欠けているような・・・・それとも自分が心配しないように気遣っているなら相当な演技派だ。
そういう感じが全くなく、本能のみで動いているように見えるから性質が悪いのだ。この男は。
その狡猾さ、鋭さは政治や商業で大いに役立つだろう。この男は結構政治家に向いているのかもしれない。
それを言えば本人は顔をしかめて嫌がるかもしれないが。
それとも笑うか。
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あとがき
シーゲル・クラインのつづりは適当です。すみません。お、終わらないですね・・・・(汗)