「さぁて・・・・・・最終戦と行くかな〜」
コーヒーを片手に部下が調べてきた情報を眺めてにやりと笑った。
その顔は一見緊張感がないようだが、瞳は底で鋭く光り、その表情は確かに見るものが見れば『虎』だと思うだろう。
獲物を前に、ゆっくりと近づく虎そのもの。
穏やかな闇
「レジスタンスの相手・・・・・・ですか。そちらには参加できないんですか。」
普段ならば従う命令にめずらしくキラが異を唱えた。
何か戦闘を前にして静まった砂漠に嫌な予感を感じ、できるなら虎と一緒に戦いたかったのだ。
「君たちは見習いだろうが。
それに砂漠と宇宙では勝手が違う。多少ましになっても、君たちは「まし」程度なんだよ。
エリートの卵でもね、砂漠なら俺の部下の方が役に立つ。
いくら以前に脚付きを追っていようと、今は俺の判断に従ってもらうからね。勝手に陣営崩すなよ。
特にイザーク・ジュール、ディアッカ・エルスマン。血気盛んはいいことだが、軍隊は協調が大事だ。分かったな?」
「はっ」
「それ、もう決定なんですか。」
「ええ。そうよ。」
マリューの言葉にケイは眉をひそめながらも黙った。
くるりと踵を返して、肩をすくめる。
それからマリューにわざと聞こえるように言った。
「あのお嬢さんを船に乗せるって・・・・・・これは客船か?」
だが、今更抗議しても、船はすでに出発。
すでに彼女は船の中。
さすがにここから外に落とすのはさすがのケイもしないらしい。
「ビービー!敵機が近づいています。状態レッド。
パイロット及び乗務員は配置に着いてください。民間人は衝撃に備えられるように各自自室で待機してください。繰り返します・・・・・・」
「はいはい。ここは逃げ切らないとな・・・・・・」
ひょこひょこと歩くケイの瞳に物騒な光が宿った。
生憎と出陣前になると、今朝までの静けさと打って変わって砂漠が荒れていた。
「前が見えないぞ。」
「レーダーだけが頼りってことか。」
「じゃあ、ニコルは有利なんじゃない?」
「そうですね。」
キラはニコルの乗るブリッツガンダムがある一定期間機体を透明にし、レーダーにも映らない特殊装備があることを知っている。
それならば今、透明になる必要はないにしろ、レーダーだけで敵を見る戦闘には有利だ。それにブリッツは接近戦を想定してつくられているので、近づけば捕らえるのは簡単だろう。
そう、力の差は歴然としている。
天候は脚付に味方をしたようだが、レジスタンスの味方をしてはくれなかったようだ。
「自由を求めているだけなのにね、彼らにとっては・・・・・・」
誰にも拾われないくらいの小さな声でキラは呟く。
それは今ここで言ってはならぬ言葉。
小さな棘。
「コーディネーター、ナチュラルというよりも彼らはただ、自分たちの居場所を取り戻したいだけ。」
散っていく命はもう拾えない。
けれど人質にしても仕方ない。
時代錯誤の拷問が行われるだけ。
けれど、ジープを乗り回す彼らは死んでいるか否かなど人目で判断がついて、逃げることなどできないだろうに。
ただ、この砂嵐が彼らを逃がす手伝いになるように、願うだけ。
そしてもうひとつ、『彼と彼女』をどうか死なせないで____
いやな予感はますます強まるばかり。
「ヒュウ!やるな、彼。」
隊長機であるラゴゥを駆って、コクピットの中、アンドリューは笑う。
すぐ後ろの助手席ではアイシャが砲弾の標準を合わせながら、聞いた。
「アンディ、男の子なの?」
「ああ。どうやら選抜されたパイロットの生き残りらしい。そのうちのどれかは知らないがね。」
アイシャの正確な射撃はけれど尽くシールドに弾かれ、功を成さない。
次の瞬間、ラゴゥは勢いよく砂漠を蹴り、今までいたところに開いた大きな穴を見る暇もなく、相手の射撃を避ける。
うまく避けたはずだが、そのうちの何発かは機体に当たってしまった。
「敵ながら上手いわ。」
冷静な判断を下しながら射撃するアイシャに舌打ちをして、アンドリューはラゴゥの口にくわえたビームサーベルを発動させる。
くるり、と振り向けば、砂にまぎれて背後を狙おうとしたガンダムのキャノンソードと火花を散らした。
そこへ上からスカイグラスパーが砲弾の雨を降らせた。
ガンダムの装甲からいえば、ラゴゥが損害をよりうけるのは確実だ。
ゴウ、と前足で大きく砂をかき、砂嵐で姿を隠す。
だが、その間敵も見えないため、それこそレーダーのみの応戦だ。
「・・・・・・」
ブゥン!
いやな音を立てて、ラゴゥの上部ミサイル部分が破壊される。
ついで左翼。
アンドリューが反応したにもかかわらず、それは見事にラゴゥを射止めていた。
「本当にナチュラルか?!」
思わず口から出た言葉は本音だったのだろう。
ふと、そこでアンドリューの脳裏にちらりとキラの姿がかすめた。
何故かはわからなかったが。
けれど、それでアンドリューは悟ったのだ。
次で、本当に最後だと。
どう足掻こうと。
あの銃は容赦なくラゴゥを貫くだろう、と。
グィン、と急カーブして、砂埃で時間を稼ぐ。
逃げるラゴゥを相手が追ってきた。
アンドリューは額に汗を浮かべつつ、後ろに向かって言った。
「アイシャ、君は降りろ。」
「冗談でしょ?」
腹をくくったアンドリューの声を、アイシャは否定した。
そう、冗談ではない。
自分は彼の監視者の前に副官なのだ。助手なのだ。
敵を前にして、彼だけを置いていくなんて、冗談にすらならない。
「アイシャ!・・・・・・頼む・・・・・・」
切羽詰った口調のアンドリューにアイシャは悲しそうに笑った。
「ずるいのね、アンディ。
なんでも自分でしようとする貴方がそうやって頼むなんて。
・・・・・・アンディ、私ね・・・・・・知っているのよ。」
アイシャはしゃべりながらその手をキーボードに滑らせていく。
何を設定しているのか、アンドリューはわからない。
「アイシャ?」
「貴方がずっと悩んでいたこと。
暗部であったことを、悩んでいたこと。割り切れてないこと。
本当はこんなところにいたいわけじゃないこと。
そして私を巻き込むことを危惧していること。」
「アイ・・・・・・シャ?何を言っている・・・・・・」
「アンディ。貴方の望むままに行動して。これからは。
鎖であって、番犬であった私から逃れて・・・・・・恋人の私だけを、覚えておいてね。」
「アイシャ?」
忙しく動き回っていた手が止まり、アイシャは軽やかに、歌うようにアンディに言う。
「アンディ、貴方は自由よ。
私が自由を与えるわ。
だから、生き延びて。
貴方の信じる道にいつも、私がいるから。」
アイシャがあるボタンを押すと、見慣れない記号の羅列がスクリーンを覆い隠し、アンドリューの座席ががくん、と下に沈んだ。
下にあるのはエンジンの一部と____脱出用小型ポットだ。
「アイシャ?!くそっ」
アンドリューは必死に自分の前のパネルに緊急パスワードを打ち込む。
だが、作動しない。
最終決定はメイン座席に座るアンドリューのものなのに。
そこで、はっとアンドリューはアイシャを振り返った。
そこには穏やかな笑みを浮かべたアイシャがいる。
アンドリューは今やっとあのときの違和感の正体がわかった。アイシャは最終確認といいながら、最終決定権をサブ座席に移行し、こちらの脱出権を握ったのだ。
気がつけば、手以外、全身がベルトで固定されて、身動きができない。
「これでも私、プロ以上のプログラマーなのよ?」
「・・・・・・」
「アンディ、あの子をよろしくね。
そして伝えて頂戴。貴方の手に私の手は重なっている、と。」
何故、そんなに穏やかなのだろう。
アンドリューは思う。
今まで戦死した仲間を見てきた。
色んな最後の叫びを聞いた。
相手を罵るもの、愛するものを呼ぶもの、神に祈るもの、死を恐怖するもの。
穏やかな声などなかったはずだ。当然だ。戦争で死ぬのだから。
希望がなければ人間は生きられないというのなら、戦争の先を、未来を少なくとも皆望んでいたはずだ。
それを絶たれて、どうして穏やかにいられようか。
「冗談・・・・・・だろう?アイシャ・・・・・・
君が一番僕のことをわかっているんだろう?
____っこんなこと、望んじゃいない!」
「ええ。私のワガママだもの。
貴方ってあまり困った表情しないじゃない?
だから、最後にめいいっぱい困らせるわ。」
「アイシャ・・・・・・
____君を、死なせたくない。愛している。」
それを言った後、アンドリューは壁に遮られてアイシャの顔が見えなくなった。
ポットに座席が据え付けられる。
ポットが閉じる瞬間、アイシャのささやく声が、はっきりとアンディに聞こえた。
「ねぇ、アンディ、私、貴方のそばで幸せだった。
生まれて初めて、幸せだったのよ。アレ以上はないだろうってくらいに_____」
「・・・・・・アイシャ・・・・・・」
疾走するラゴゥの腹部からポットが強制排除された。
ポットは勢いよく砂漠に突き刺さり、その上にラゴゥの蹴った砂が覆い被さり、周りからはポットは見えなくなった。
たとえ、この嵐が去ったとしても、少し盛り上がったそこは砂漠の風景になんら影響を与えないだろう。
それを横目で確認すると、アイシャはラゴゥの口にくわえてあるビームサーベルを装備し、ケイの機体へと向かっていった。
「アンディ、怒ってはだめ。状況を冷静に判断して。生き残って。」
きっとポットの中で自分を責めて叫んでいるだろう彼を思う。
「私が貴方より貴方を愛していただけ。
それだけよ、アンディ_____」
晴れやかに笑って、アイシャは擦れ違ったガンダムに胴体を貫かれ、ラゴゥは爆発した。
爆発の振動が砂を伝わって、ポットが揺れる。
「アイシャ・・・・・・アイシャァアアアアアアア______っっ!!」
幸せだったの。
監視者ということを除いても、ずっと貴方を見ていた。
幸せだったの。
たわいもない話、言葉。
コーヒーの濃い匂い。
目を細める、驚くほど優しい表情。
幸せだったの。
戸惑うように垂れ下がった眉。
硬くて手触りのよい髪の毛。
筋肉の、硬くて厳しい感触。
ねぇ、幸せだったのよ
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05.4.20
あとがき
アンドリューの一人称、僕だっけ?と悩みました。
たぶん、僕だった気がする。俺でもいいけど・・・・・・たぶん・・・・・・
久々のUP。
アンドリューとアイシャの場面は前からずっと書きたくて仕方なかったところ。
でも、書いてみると案外難しい。
思うとおりに描けない。
少しでも、伝われば、と思っております。。
彼らは愛人じゃなく恋人だと思うひつじより・・・・・・
PS:題名はアイシャへの哀悼を表して。。