「明日ここを出て行くわ。」
「助けてくれたレジスタンスに協力もせずに?」
「助けてもらった覚えなどありませんけど。・・・・・・牽制には使わせてもらったか。」
マリューの言葉に微妙に意見がずれるのは毎度のこととなりつつある。
きつい言葉のケイがよく鋭いところをつくことも。
「彼らの賛同はもう得てあるの。
渋い顔をしていたけれど、私たちは早くこれを本部に渡さなきゃいけないし。遠回りだけどこれを本部に渡したことで地球軍が一気に勢力を伸ばせればここもザフトの支配下から脱せるかもしれない。
それに、彼らも私たちを逃がせば一応虎の今までの連勝をストップさせて、多少の意趣返しができるわ。」
「ザフトの支配下から解放されたって、その後地球軍の圧政でも受けたら意味ないだろうに。」
皮肉を言うケイをフラガが眉をひそめて見るのももはや毎度のことだ。
「お前、地球軍嫌いなのか?」
「いえ、『ダイスキ』ですよ?」
そう言うケイの表情からは本当か嘘かは知れない。
ただの皮肉屋と片付けられるのかもしれないが、フラガはどこかひっかかった。
出会った闇
「おい、お前。こんなところにいると危ないぞ。」
大して年も変わらぬであろう少年の声。
自分が太陽を背にしているために、逆光で彼は目を細めていた。
そして彼のその黒瞳がはっと見開かれ、にやりとその口元が上がった。
だが、その笑みはけして友好的なものとは言えない。むしろ反対のものだった。
自分は獣に見つかってしまったのだと思った。
早くあの人に来て欲しかった。
ここで待っていろと言っていたのに、あの人はまだ来ない。
頭の中であの人に文句をずらずらと並べている間にじりじりと相手と自分の距離が縮まる。
自分の体が後ろの壁に着き、それ以上の後退を許さない。
(こんな奥行きのないところに隠れるんじゃなかった。いつもあの人が逃げ道は確保しておけと言っていたのに。でも、ここしか隠れるところなかったし・・・・・・)
訓練を受けてまだ3ヶ月。それなのにその人はこの少年を本物の戦場へと連れてきた。
その目できちんと見ろ、と。
平和な中立国にいた少年にとって戦場の光景は衝撃的で、最初は目をそむけてばかりいた。
聞こえないはずの多くの叫び声が、呻き声が、恨む声が聞こえた気がした。
だが、人間という者には慣れが存在し、それは少年にも例外なく当てはまった。
要は戦場の光景に眉を顰めるだけで見れるようになったのだ。しかし声は相変わらず響くように思う。
少年が緊張で身体を強張らせていると、相手は無造作に少年の前までよってきて止まり、首を捻った。
「お前、コーディネーターか。何故こんなところにいる?
ここは地球軍の占領区だぞ。」
「え?ここは中立地帯だと聞きましたが?」
「先ほど地球軍にねじ伏せられた。」
「え・・・・・・」
少年の頭は真っ白になった。
(そんな予定外なことが起こるとは!あの人は一体どうしたんだろう?!もしかして捕まったのか?!)
不吉な予感が頭を過ぎる。
相手は混乱している少年を見て、ため息を吐いた。
さらり、と後ろで結んである直毛の黒髪が微かに音を立てた。
「まったくビシュヌはうかつで困る。」
「え?ビシュ・・・??」
「そう。で、俺はシヴァだ。」
「シヴァ??」
どうしてこんなときに意味不明な単語のあだ名を紹介するのだろうと少年は思った。
しかも、今まで全く友好的な態度ではなかった相手に。
「さて。お前、連れは?」
「いる。」
「コーディネーターか?」
「うん。」
「まずいな。見つかったらアウトだ。」
「あのっ貴方はコーディネーターなんですか?!」
「ん〜さぁねぇ。コーディネーターでなきゃ不安か?信用できないか?」
にや、と笑いかけられて、思わずぐ、と詰まった。
図星を指された少年は顔を真っ赤にして言い訳をする。
「そういうわけでは・・・・・・」
ヘリオポリスにいたときは全く意識していなかったのに、士官学校や戦場ではその違いがやたらに露わにされるせいなのか。少年は知らず知らずのうちに区別をするようになっていたのだ。少年がそれを望む望まぬとは関係なしに。
しかし、コーディネーターとナチュラルが対立している地域にいるいのならば、区別くらいはしといてもよいだろう。差別だなんだというよりもまず、敵味方の区別がそれでつくのなら仕方ない。そういう時代に生まれてしまったのだから。
中立地帯ならば、まだ区別を差別と呼べただろうに。
「ま、あんただけじゃあないけどさ。」
それから少年は興味を失ったかのように淡々と安全な抜け道を教え、その最中に連れであるアンドリューが戻ってきたのだった。
礼を述べてから、改めて余裕ができてから見ると、彼はやけに女好きのする顔だと思った。
無表情になるとひどく近寄りがたい彫刻のような顔で、にやり、と皮肉ったような笑顔をするとその野性味が滲み出て、その裏にある何か闇めいたものに惹かれるのだ。
浅黒い肌と黒髪黒瞳と対照的に、彼は真っ白いコートを纏っていた。そのコートは戦場の近くだというのに真っ白すぎて、やけに不思議な印象を与えた。
「・・・・・・また、きっと会うよ。」
人を食ったような笑みを浮べて彼はそう言うと、悠然とそこを立ち去った。
砂埃が彼の黒髪を揺らしたが、ただ、それだけだった。
「・・・・・・ラ・・・・・・・キラ!」
「えっはい?!」
耳元で大きな声がして、キラは身体を跳ねらせて答えた。
「どうかしたのか?」
「え?いや、ちょっと・・・・・・昔の知り合いに・・・・・・似た人を見たからさ。思い出してただけ。」
「買出しのとき?」
「うん。」
「へぇ、誰?」
「アスランは知らないよ。僕がちょっと会っただけの人だから。」
その言葉にアスランは微かに眉をひそめたが、キラは気付かない。
ただひたすら再会の意味を探していた。
それが重大なことのように思われて仕方なかったから。
シンとのことが一段落した今、キラの頭を占めているのはそのことが大半で、他のことにそう深く考えることはなかった。
カタカタカタカタ・・・・・・
軽やかに白く長い指がキーボードを滑る。
手動というよりはもはや自動的なその動きに感心した後、アンドリューは彼女を呼んだ。
「アイシャ。」
今までコクピットのスクリーンに釘付けだった彼女がその声に気付いて顔を上げる。
青く長い髪の毛がその瞬間に肩からさらりと零れ落ちる。
両方の耳脇だけが綺麗に黄色に染められていて、どうにも微妙なその髪型は印象的だ。
本人に聞けば、地毛だと言い張るが、本当のところはどうなのか、といつも思うアンドリューであった。
「最終チェックか?」
「ええ。そんなところね。今度は手ごわそうだから。」
香しいコーヒーを渡しながらの会話。
いつものそれなのに、アンドリューはアイシャにどこか違和感を覚えた。
「アイ・・・・・・」
「キラだわ。アンディ、私ちょっと話して来るわね。」
そう言ってアイシャはキラの方へと歩み寄る。逃げたと言ってもいいかもしれないが、ただの偶然かもしれない。
ちょうどキラの登場に遮られて、アンディは押し付けられたコーヒーを憮然と眺めていた。
アイシャとキラの会話はアイシャから事前に聞いていたのでわかっている。
『私はずるいわ。
だって、結局あの子の判断に任せるだけ。
いいえ、運命という不確かなルーレットに玉を転がしてしまった、というところかしら。
どちらにせよ、真実を話せない私は卑怯者に代わりはないわね。』
『・・・・・・こんな、試すようなことしたくない。
けれど、怖いのよ。
真実を知って、あの子が、そう、あの子の大切なものを知ってしまった今なら尚更・・・・・・あの子が・・・・・・壊れてしまわないかって・・・・・・
私は、あの子に言ってしまっていいのかしら・・・・・・知らない方がいいことだってある___
____決心したつもりなのに、真実を知るべきだ、と。』
『私・・・・・・自分で思ってたよりも弱いのね・・・・・・』
「キラ。ちょっといいかしら。」
「あ、はい。」
ちょいちょい、と手招きをされて、キラはアイシャに近づく。
アイシャの笑顔がいつもより少し硬いように見えるのは気のせいだろうか。
「一度しか言わないから良く聞いて。」
「はい。」
真っ直ぐと見詰める紫電の瞳。
その純粋さに、アイシャは眩しげに瞳を細めて囁くように言った。
「貴方の守りたい者の父親に侵入しなさい。
一番奥の棚に閉まってあるはずだわ。あなたならきっと鍵を見つけられる。」
「・・・・・・アイシャさん・・・・・・?」
キラは首を傾げてアイシャを見上げた。
意味が分からなかったわけではない。
むしろ、充分過ぎる程に分かったがために、不思議だった。
何故______と。
アイシャはそんなキラに声を立てずに笑うと言った。
「貴方には真実を知る『権利』がある。
だから、よ。」
「真実?」
「覚えておいて、キラ。」
そう言うと、アイシャは不思議そうなキラに背を向けて去る。
残されたのはキラ。
(『侵入しろ』は『ハッキングしろ』、『一番奥の棚』は『重大機密ファイル』、
『鍵』は『キーワード』・・・・・・か。
でも、何故そんなことをする必要が??)
『パトリック・ザラのPCをハッキングして重大機密ファイルを取り出せ。』
言いたいことは分かった。
だが、何故_____?
「非常に身勝手なことですが、状況悪化のためにこれ以上いられなくなりました。
けれど皆さん、私はいつも貴方方を見守っていることを忘れないで下さい。」
ラクス・クラインはこの基地での最後の言葉をそう締めくくった。
彼女は慰霊団代表。
このままここにいてはいけない存在だ。
だから、すぐにここを去る。
ラクスは群集に埋もれているキラを見た。
紫電の瞳がじっとこちらを見ている。そうしてラクスが自分を見ているとわかると、微かに笑んだ。
『大丈夫』
そう言っているような気がした。
ラクスはその笑みに励まされるように、ふんわりと笑った。
(もう一度だけでも、彼と話せれば良かったのに。
けれど_____)
それは無理だ。
わがままを通すほど、ラクスは子供ではなかったし、誤魔化せるほど大人でもなかった。
ラクスを乗せたシャトルが砂漠を蹴って浮いた。
シャトルの窓の外はもうもうと砂埃が立っていて何も見えない。
けれど、ラクスは弾かれたように窓を見て、その向こうを見ようと目を凝らした。
望む姿などありはしないとわかってはいたが。
そうせずにはいられなかった。
状況を聞いた今なら尚更に。
『あちらが思ったよりも大掛かりな作戦を立てていることが分かった。
大量の武器もどうやら手に入れているようだし、脚付の足を止めるのは大変ですし、下手すると足をすくわれてしまう可能性まで出てきてしまったんですよ。』
砂漠はすでにどこにも見当たらずに、青い海と空が窓の外を占めている。
ラクスは窓に顔を向けたまま、隣にいるマネージャーらしき女性に言った。
静かな声は微かにだが、震えていた。
「・・・・・・私は_____知りませんでした。
全然、分かっていませんでした。」
愛しい人が戦場へ旅立つこと。生死の混在する地へ送ること。
不安で堪らない。引き止めたくて仕方ない。
今すぐ帰ってきて欲しい。
戦争なんてどうでもいい。
貴方が早く帰ってきてさえくれれば____
今なら少しわかる気がする。
話し合いというじれったいものをせずに、敵をすべて破壊し尽くせばこの不安は終わる。
「・・・・・・」
海を眺めるその瞳が曇り、優雅な線を描くその眉が顰められた。
きゅ、と唇が一文字に引き締められて、表情が厳しくなった。
___けれど、『敵』とは誰?
そんな思いの結果、事実戦いは延び、その間に何万もの兵士が犠牲となった。
遠回りをする話し合いの方がもっと早く終わる。きっと。
話し合いならば、皆死なない_____
そのために、今、私はここにいることを選んだのだから____
ふと、ラクスは頭に浮かんだ人物が頷いているように思えた。
→NEXT
05.4.4
あとがき
次でやっと対戦!!