『もしかしたら国が出来ない多くのことは、個人ならば出来る多くのことかもしれないだろう。』

頭が混乱する。
言われたことがぐるぐると頭の中を駆け巡る。
あまりにも突然だった。
出会いも、提案も。


ならば、自分は見て見ぬフリをしているとでもいうのだろうか。
出来るのに、していない、と?
否、人一人守るのにも四苦八苦している自分にそんな力は無い。


だが、あまりにも強いあの漆黒の瞳が目に焼きついて離れない。
二回目だと言うのに、あの瞳には強い何か思いとでもいうようなものが篭っていたように思うのだ。
キラは混乱したままの足取りで基地に戻る。
もはや自分が女装していることも忘れていた。







抱きしめる闇








基地に入る際に、クルーゼはすでに戻っているとの旨を伝えられ、基地と出たときと同じキラの女装姿に苦笑されつつ、通される。
それにキラは疲れたような笑みを浮べて通った。
基地に似つかわしくないピンクのワンピース。行きはクルーゼが一緒だったためにじろじろと凝視できなかった視線が纏わりつく。
キラはその視線の中に不快なものを見出して、ため息を吐いた。
すぐにでも着替えたいのだが、このままの格好で隊長室に来いとのご命令だ。

(またからかわれるネタになるのかなぁ・・・・・・)

普段なら苦笑で終わるそれが、今は妙に疲れているせいか、少しうっとおしく感じる。
ちらちらとこちらを窺う視線を受けながら、キラは隊長室の前に立った。
どこか諦めたような仕草で、コンコン、とノックをする。
そうするとすぐに入室許可の声が聞こえ、気が進まないのを表すかのようにキラはゆっくりと扉を開いた。

「やぁ、よく来たね。」

その口調がいつもと多少違うことを感じて、キラは訝しげに顔を上げた。
と、そこにはアンドリューが招集をかけたクルーゼ隊全員が揃っていた。
大体は目を見開いていたが、他の驚きとは違う意味で驚いている者が二人いるのをキラはちらりと見る。

「・・・・・・」

また何をするのか、とアンドリューに目で問えば、にっこりと笑われる。
演技しろ、ということらしい。
仕方なくアンドリューの笑みに微笑みを返して、こちらに目が向いている全員に微笑を振りまく。

その物腰はどう見ても洗練された上品な淑女としか見えず、キラだとは思えない。
カツラと少し青色のついたコンタクトをしているだけなのだが、物腰、表情、服装だけで随分と人間の印象は変わるものらしい。
それからキラは出来るだけ優雅な、かつ自然な仕草でアンドリューへと歩み寄り、淑女の礼を丁寧にした。
肩から零れ落ちる眩い金髪がキラの中で燻っている不快感を煽る。

「こちらは宇宙からはるばるやってきて下さった、クルーゼ隊の皆様だ。」
「・・・・・・存じております。」

シンが食い入るようにこちらを見詰めているのがよくわかった。
わざとらしいアンドリューのその言葉にキラは控えめに答える。しかし、どこか不愉快そうに眉を顰めて抗議を表すのを躊躇したりはしなかった。

「・・・・・・貴方が・・・・・・俺を、助けてくれた・・・・・・」

じっくりと見て、確信がついたのか、擦れる様な声でシンがそう言った。
その声にキラとアンドリューが目を合わせ、キラが静かに頷く。

「助けになったのかは知りませんけれど、確かに以前お会いしたことがあります。」

やっぱり、と呟くように言うシンの瞳は会えた事への嬉しさで輝いている。

「あのっ俺っいや___っ私はっ貴方に感謝しているんです。
あの、あのときはありがとうございました。礼もまだ言ってなくてっ」

必死にそう言うシンにキラはどこか痛みを堪えるような表情になった。
アンドリューはそんなキラの横顔を見て、少し眉を顰める。

「____アスラン・ザラ。君は何か言いたそうだな。言いたまえ。」
「え?」

アスランは先ほどからキラをずっと観察して、アンドリューとクルーゼへ訝しげな視線を送っていた。
それを察してのアンドリューの問いだ。
そして、キラもアスランだけは自分の正体を感づいているような気がしていた。
だが、それをここで言え、というのは_____話をややこしくするだけではないかと思った。
何よりも、シンの眼の前で・・・・・・

「はい、あの・・・・・・いえ、失礼となるので遠慮させて頂きます。」

アスランが言い澱む。
しかし、アンドリューは強く言った____命令ととってもいいくらいに。

「言いたまえ。」
「・・・・・・私の勝手な想像で隊長お二人と副隊長並びにお嬢様に無礼を申し上げることをお許しください。
あの・・・・・・お嬢様は・・・・・・我々クルーゼ隊の一員キラ・ヤマトだと見受けられましたのですが、いかがでしょうか。私には、その、茶番としか思えず・・・・・・」

すっきりさせておきたいアスランは言いよどみながらも、しっかりと疑問を口に出した。
それにキラはアンドリューを見て肩をすくめ、アンドリューはにやり、と悪戯が成功したかのように笑った。
キラはシンの表情を見る勇気が出なかったというのに。

「お見事。まぁ、キラの変装も化粧すらしていないから、まだまだこれくらいで調子に乗られては困るがな。
アスラン・ザラ以外の隊員はもう少し人間への観察眼を磨くようにしてもらいたい。
敵の策略を見破る基礎訓練に繋がるからな。
それと、今のキラのように多少なりとも変装に伴う演技、ポーカーフェイスを学んで欲しい。」

というのは建前ではないか、とキラは思う。
こんな茶番はシンへのひどい侮辱だ。
アンドリューの思惑が読めないキラはひどく緊張した面持ちでそこに立っていた。
蒼い顔をしてキラを見つめるシンを見返せないままに、キラは俯く。

バタンっ

誰もが少女の正体を知って驚く中、シンは扉に体当たりする勢いで部屋を飛び出した。

「シン?!」

ルナマリアが驚いた声を出したが、シンが駆けていく足音は遠くへ消えていった。
それを固い面持ちで見ていたキラがアンドリューへと問う。

「隊長、何故・・・・・・何故、今・・・・・・?!」


相手の思惑も自分の今の混乱状態も
何もかも、わからない
だけど、だけど______っっ


キラは泣きそうな顔をしてワンピースの裾を翻すと、開いたままの扉へと消えていった。
残された面々の中、苦笑いを浮べていたのは大人3人。
後は訳がわからず困惑した表情を浮べているだけだ。











混乱する頭でただ、思った。

彼の哀しみを、少しでも軽くしたい。
偽善と罵られても、この衝動は抑えられないものだ。

ただ、痛みを_____
その痛みを_____少しでも_____











紅い軍服だからか、一人一人にあてがわれた部屋。
そのうちの1つをキラはノックした。
けれど内側から返事はない。
オートロックではない部屋なので、中から鍵をかけない限りは外からでも開く。
キラはそっと扉を開くボタンを押す。
開いた先にはこちらに背を向けて立っているシン。後姿でも怒っていることが知れた。
遠慮がちに部屋に足を踏み入れると、シンの怒号が飛んできた。

「入るな!」

それに一瞬肩を強張らせたキラだが、それでもおずおずとシンへと近寄る。
そうして、シンを後ろからそっと抱きしめた。

「何する?!」

シンが驚いたようにキラの腕を振り解いて、振り向く。
威嚇するように真正面を向いて、キラを睨みつけた。
けれど、キラはその視線を受けて、苦しそうに言うだけだ。

「・・・・・・君が僕のことを憎んでいて、こんなふうに抱きしめられることも不本意だって分かっている。
だけど、僕は、それでも、偽善と罵られても・・・・・・痛みを叫ぶ人を放って置けない。」

再び、今度は正面からシンを抱きしめる。
びくりとシンの身体は跳ねたが、さっきのようにあからさまな拒絶はなかった。
キラは何も言わない。言えない。
けれど、この抱きしめる腕を止めようとは思わない。

「やめろ・・・・・・どうして、こんな・・・・・・」

『放って置けない』

震える肩。
シンの腕がキラの背中に回り、ぎゅ、と軍服を握り締める。

「どうし・・・・・・て・・・・・・」

シンは瞳に涙を溜めながら、キラを睨みつける。
それに比例して震えは大きくなり、軍服を握る力も強くなる。
噛みしめた唇は頬を流れた一粒と一緒に開放され、言葉が流れ出た。

「どうしてっどうしてっ____っ助けてくれなかったんだ!
どうして・・・・・・マユを・・・・・・助けて・・・・・・くれなかった・・・・・・


あのときは助けてくれたのに・・・・・・っっ」



違う。
助けられなかったのは自分だ。
彼じゃない。

自分の無力さのせいだ。
自分が、もっと、もっと、しっかりしてれば_____



ぎゅうう、としがみついてくるシンにぽつり、とキラが言う。
キラの肩もいつの間にか震えていた。

「・・・・・・殺す為に助けたわけじゃなかったのに___」

キラの抱きしめる腕に力が篭る。
シンの顔が歪んで、頬を流れたものを隠すようにキラの肩口に顔を押し付けた。

「うっ・・・うぅ・・・・・・」
「声を出していいんだよ。」

シンは首を振った。

「っくっ・・・・うっ・・・・・・」

押し殺した泣声が部屋に響いた。
キラもまた静かに涙を流しながらシンを抱きしめていた。
まるでそれは母親が赤子にするように。


















その頃、アンドリューは自分の部屋で呆然とする隊員に、がらりと口調を変えて言った。
表情はどこか苦いものが入っているが、先ほどまでの面白がるようなものは入っていない。

「レジスタンスの動きが活発し出した。
そろっと来るぞ。」

隊員に指示を出すアンドリューのどこか厳しい顔を、クルーゼはちらりと一瞥した。
窓の外では珍しく風が大人しく、広々とした砂漠が遠くまで見えた。



















落ち着くと、シンは恥ずかしそうにキラから離れた。

「俺はあんたのことを許せない・・・・・・だけど・・・・・・」

そう言って顔を上げたシンと目が合うと、キラは困惑した様子だが、曖昧に笑った。複雑な表情だった。
シンもまた、曖昧に笑み返した。
また、抱きしめて欲しいと思った。
泣きたくなるくらいに温かい腕に抱きしめてもらいたいと思った。






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05.3.18
あとがき
キラはこういう性格なんだと思う。
偽善でも同情でもなんでも、やっぱり泣いている人を見ると放って置けない、そういう人物だと思う。
色々とごちゃごちゃ考えるのはあまり性に合わなくて、それでも色々こんがらがっている中で、それでも、そういう人の痛みに気付く人だと、勝手にそう思ってます。(笑)
しかし、アニメはかなり泣きますけど、あんまり私が書くキラは声を出して泣かないな〜と思いつつ。
嗚咽って結構書きにくいと思うんですけど・・・・・・どうでしょう??
シンのキラへの認識は恋とは言い難い気がします・・・・・・なんだろ??
次回からはおそらく砂漠の戦い。砂漠編へのクライマックスに向けて動き出します。