紡がれる意志  #3責められる権利







どこをどう歩いたのか

街の光だけが今は自分を追っている

今夜は月が出ていない。星も雲に覆われたこの地上を照らしはしない。

ざわざわとした雑音も耳に入らず、

この漂う視線は一体どこを向いているのか。

ぶつかる肩は自分がいることを責めるよう





一年・・・・・一年経った。

だが、それがなんだというのだろう。

確かに人の記憶は、時間の流れの前であまりに無力で不安定なものかもしれない。

人の感情も変わり移っていく、例えばあの雲のように様々に形を変えて移っていく。

だけど、それでも忘れられないものがある。

一年。

長い、かもしれない。

でも、この感情を、あの思いを忘れるには全然足りない。

確かにあのときの思いは実際のときよりも鮮明ではないかもしれない。

だから、思いは安らぐのか。否、余計に鮮明さを失えば失うほどに強まるこの懺悔の念。

時間の流れは残酷に流れていく。だからこそ、意地でも忘れたくないもの。





「おっと。」

また一人、肩にぶつかる。避けようとしているわけではないので、こんな大通りではぶつかることが多いのは道理である。それをキラはうっとおしく思い、かといってそちらに神経を向けるのも面倒だ。

「あれ?キラ?」

どうやら知り合いのようだ。キラはゆっくりと瞳をそちらへとずらす。そこに映ったのは金髪の青年。身長が高く、均等に鍛えられた肉体はもう大人のそれだ。その上にある精悍でどこかひとなつっこい顔。髪の毛は短く、後ろに撫で付けるような格好だ。

ずいぶんと成長したなと、キラは頭の片隅で思う。そうして知り合いを見上げた。相手も眩しそうにこちらを見返す。

「ディアッカ・・・・・久しぶりだね。」

「お前とは全然会わないからな。アスランとかにはよく会うけど。」

「腹の探り合いでもしてるんでしょ。」

「そう言われてもね〜痛くもない腹をつつかれても全然痛くねーよ。」

「・・・・・・・・・ディアッカってしたたかだよね。」

「あ、それ褒め言葉。」

そうして二人で笑う。キラはそこでディアッカの隣にいる人影に気付く。その顔を認識した途端に顔が強張った。

銀色、銀髪の青年。つい一年前は少年だったのに、もう青年と呼べるくらいの雰囲気を有している。

彫刻のように美しく、また冷たかった美貌はさらに深みを帯び、それに前まではなかった落ち着きというものが加わったようだ。

一年経ってアスランと同じように伸びるままにしといた髪の毛は今は背中に達するよう。

ディアッカはキラの表情を見て、ちらりと隣に眼を送ると、案の定不機嫌な面持ちの連れがいた。

「イザーク、覚えているよな?」

イザークは眉をひそめたままにキラに視線を合わせた。同時にキラも遠慮がちに視線をそちらへ動かす。

と、

その冷たい銀灰の瞳に射抜かれた。

「______っっ!!」

戦争時、無我夢中で戦って傷つけた兵士。

戦いが終わった後に出会った、敵方であった兵士。

自分がつけた跡は今の技術ならすぐに消せるだろうに、戦争が終わった今でも、消される気配は無い。

それはイザークがキラを憎み続けている証拠に思えて、キラはその顔から視線を逸らして俯いた。それをイザークは見下すように見据えて、ふんと鼻を鳴らした。

「覚えているさ、もちろん。」

この傷はお前につけられたんだからな・・・・・相手は何も言っていない筈なのに、責める声が耳で囁く。

ぎゅっときつく唇を噛みしめた後に、キラは顔を上げて笑った。

「僕も、覚えていますよ、もちろん。」

貴方に傷をつけたことも・・・・・言外にそういったつもりだった。

「あ、キラ、ピアスつけたのか。似合ってんじゃない?」

「あ・・・・・うん。ありがとう。」

素直にそう言われると、何故かキラは呆然として礼を述べた。

そうだ。他の知らない人から見れば、ただ、気まぐれにつけたようにしか、見えないのだ。

単にそれだけのことだ。

自分がどう悩もうとも、他人には見えないものがある。

他人から見たらひどく滑稽に映るかもしれない、自分の姿。

そう、思ったら、なんとなく笑いたい気分になった。

「・・・はは・・・・・」

乾いた笑いが微かにキラの口からもれる。

「キラ?」

「なんでもないよ。・・・・・どうしてここに?」

「ん?ああ、息抜き、息抜き。」

「遊んでいるんだ。」

「社会勉強だよ。」

あまりにも真面目くさった顔で言われたので、キラはついつい笑ってしまった。ディアッカもそれを見て、顔を緩める。

「最近見てなかったからかもしれないけどさ、お前、変わったな。」

「ディアッカもね。」

「外見はな。でも、俺が言ったのはそういう意味じゃない。あのときは切羽詰まっていたからそう思えたのかもしれないが、戦争時のお前は脆いと同時に強くも感じた。

でも、今は・・・・・・・」

そこでらしくもなくディアッカはキラから目線を逸らした。

「何・・・?」

「・・・・その時の強さを失って、脆さだけが・・・・・残っている気がする。」

痛い、と思った。

「ああ、その通りだよ。」

痛い、痛い、痛い

胸が痛い。

耳に・・・・・・・残る声達。

「そうして、脆さが残って、僕は・・・・・・」

声が、出ない。

声が、声が・・・・・・言わなければならないけれど・・・

声が、声が、声が

喉が渇いたような感覚を覚えた。

「はっ・・・・・ディアッカ、息抜きもほどほどにね。じゃね。」

中途半端な言葉を無理やり飲み込んで、やっとそう言った。足取りも覚束なくその場から逃げるように去っていく。

「え?おいっ」

急な別れの言葉にディアッカが応対しきれていない間に、キラの姿は人ごみの中に消えた。

「?なぁ、あれ、どうだと思う?イザーク・・・・ってあれ?」

隣にいるとばかり思っていたあの不機嫌な友人がいないことに気付く。

「・・・・・今に始まったことじゃないけど・・・・勝手な奴。」

それでも終戦から結構ましになったと思ったのに、とは心の中で思うこと。

そうしてディアッカは意味も分からず、そこに取り残された。







痛い、痛い・・・・・・

声が、声が・・・・・・

渇いている?

渇いているのは・・・・・何・・・・

キラは足早に、どこへとも目的を決めず、ただひたすら、逃れるように歩いた。

ぶつかる悲鳴。

罵る言葉。

それらはキラの耳に入らない。

「おいっ!!待てっ」

ぐいっと腕を掴まれて、キラは力づよく後ろに引き戻される。

そこにいたのは、イザークだった。

まるで降り注ぐ雪が光を反射してきらめくように、イザークの姿はキラに眩しく見えた。

それはイザークの痛いほどの真っ直ぐな視線によるところが大きいだろう。

「何か、用ですか?」

自然、声が擦れる。

「別に」

ふいっと視線がそらされる。それでも相手が自分の言動に注目しているのが感じ取れる。

さらさらと肩から零れ落ちる髪が、街の光にきらめいて美しい。ふと、人ごみの中、佇むその姿に見惚れた。

(この人は・・・・・傷があってもなお、綺麗だ・・・・・)

どこか胸の奥の暗い部分に、すんなりと入り込む光が、そこにあった。

「?何を見ている?」

不機嫌そうな声で、問われる。

「いえ、綺麗だと思って・・・・」

「・・・・・」

不機嫌そうに眉根が寄せられる。そこでキラは男の人なのに綺麗というのはまずかったかと後悔した。しかし、イザークの内心ではその言葉はお世辞の常套句であり、単にキーワードとなっておべっかするものを思い出しただけにすぎない。

キラの言葉そのものには嫌悪感は感じていなかったのだが。

「あの、すみません。男の人に綺麗は褒め言葉じゃないですよね。」

いきなり思ってもいないところで謝られて、イザークは眼を見開いた。

「いや、別に。・・・・・そんなことはどうでもいい。」

ぼそぼそと呟くその頬は少し赤い。どうやらキラのように純粋な褒め言葉というものに免疫はないようだった。

「・・・・・」

沈黙が静かに二人の間を流れる。

まだ腕にある温かさが妙に強調されて、ふと、相手の掴む力が強くなった。

痛いほどに握り締められる腕。けれど不思議と振り払おうとも、拒絶の言葉を吐こうとも思わなかった。

「・・・・・お前、どうしたんだ?」

突然耳に入った言葉は目の前の彼のもの。

「どう・・・・って・・・・」

「そんな風に溜め込むな。全く、お前達は悪いところだけ似ているのか。」

「お前たち?・・・・」

「お前とあいつだ。」

苦々しく吐いたその言葉はあいかわらず代名詞ばかりではあったが、キラにはわかった。自分とアスランのことだ。イザークはアスランのことを嫌いではないが、どこかアスランに対して素直になれないような、相性が悪いような観があった。

イザークのその態度でアスランは嫌われているといっていたが、アスランもイザークを嫌いではない。その二人のどことないすれ違いが「らしく」て、

「そう?」

思わず少し顔に笑みが広がった。

それにイザークは真面目な顔をして、頷く。

「そうだ。それでいやに人を惹くから性質が悪い。

無意識に多くの人間に心配させているのだからな。」

「じゃあ、貴方は心配・・・・・・してくれているの?」

真っ赤な顔をして否定するかと思えたイザークはしかし、成長して落ち着きを得たせいか、眉をひそめて肯定したのだった。

それにキラは少し疲れたような笑みを浮かべ、

「貴方も責めないんだね。」

まるで責めてくれと懇願しているように、キラはこの言葉を幾度も口にしてきた。

その度に言われた方は心配そうにキラを覗き込んだり、怒ったりしながら、結局許していた。許すこと以外、与えなかった。

しかし、彼らにしてみれば、どうしてキラを責めることが出来るというのか。

友人と友人の狭間でもがきながら、それでも答えを求めて、人を傷つけることを嫌い続けた。割り切ってしまえば楽だったろうに。

そうして、苦しみの後に出した答えを信じて戦った。

自分たちは迷いながら、何に導かれているのかわからないままに戦場を駆けていたのに。

尊敬の念を抱きこそすれ、どうして責めることなど出来ようか_____



「責めて欲しいのか」

変わらずに迷うことなく貫くその銀の瞳が今のキラには心地よい。

「責められない方が辛い。」

それともこれは、単なる被害妄想なのか。

イザークは少し片眉を上げて、

「俺なら、お前を責めてやれるぞ?」

恨みならこの傷跡だけで充分だ。そういって笑う。

「無理だよ。____貴方は優しいから。」

ふと風がキラとイザークの間を吹きぬけた。

気がつけば大通りをすでに通り過ぎ、人気のない通りに辿り着いていた。

明るい大通りに慣れていた目はその暗さにまだ慣れない。キラは目を瞬いた。

「あそこだ。」

突然イザークが声を出したので、キラは少し身体を揺らしてしまう。それにイザークは気付かずに自分の車を指し示した。

そこには滑らかなボディの黒塗りの車。いかにも高そうだが、その嫌味のないデザインは周りにそのいやらしさを与えない。

運転手がいないところを見ると自分で運転してきたのだろうが、こんな車を息子に与えるとは随分と親は彼に甘いらしい。

「え・・・っと、帰るんですか?・・・・・・そういえば、ディアッカは?」

「あいつはどうでもいい。」

「はぁ・・・・・・」

キラのちょっとした困惑を綺麗に無視してイザークは車に歩み寄り、ドアを開けて運転席にすべりこんだ。キラはどう行動すればいいかわからずに、そこに佇んでいた。

「おい。何をしている。」

「え?」

車のウィンドゥを開けながら、イザークはキラにさっさと乗るように指示した。その有無を言わさぬ態度に何故かキラは慌てて助手席に飛び込んだのだった。





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04.5.16

久々に続き。イザキラのはずじゃないんですが・・・・・・ついつい私の趣味で(笑)イザークが出張ってます。