紡がれる意志1 #1育たない花
あのとき、僕が民間シャトルを______「ありがとう」と言ってくれたあの子を守ろうとしたときと同じように・・・・
手を伸ばした。
今度こそはと思った手は届いたけれど_____
三度目は届かなかった。
笑いかけようとした顔は凍りついて________
“ありがとう・・・・・ごめんね。
____泣かないで。”
終戦。
あれから一年が経とうとしていた。
涼しい風が通り抜ける公園に子供たちの楽しそうな声が響き渡る。
その公園のベンチに小型パソコンを操る少年___いやもう青年と呼んでもよさそうな___がいた。
年のころは17、8
茶色の髪に紫の瞳。
顔は絶え間なく穏やかな笑みで彩られていた。
その周りになにやらゲーム機を持った子供達が集まって、各々のゲーム機をコードでつないでいる。
子供たちの手は忙しなく動き、ときどき悔しそうな声や嬉しそうな声が聞こえる。そうやらコードをつないで対戦ゲームをしているようだ。
中心にいる少年は軽やかにその手を動かし、時々笑っては子供たちに示唆する。
コードで繋がっていても手を動かしていない子供は負けた子らしい。そうして少年と一人の子供が残り・・・・
結局少年が勝ったようだ。
子供たちは悔しそうに、それでも目をきらきらさせて言った。
「兄ちゃん強いよ〜〜!」
「そりゃ年季が違うからね。でも随分上手くなったね。気を抜いたらやられそうだ。」
肩をすくめてそう言う少年に子供たちはなんやかんやとゲームのことを聞き始めた。少年はそれに微笑んで答える。
やがて、頭を使うのにも飽きたのか、おにをしようと言い出した。
「兄ちゃんおにな!!」
「え、僕?」
「だって兄ちゃんジャンケン強くていままで一度もおにになったことなかったろ!」
「そうだそうだ!」
「え〜〜参ったな・・・う〜ん。ま、いっか。」
少年はさして困った様子もなく、どちらかと言えば照れたように頷いた。
「よっしゃあ!じゃ、俺もおにになる!」
「あとおにになりたいやついねーな?よし!じゃ〜んけ〜ん・・」
ほい。
なかなか決まらない。
少年は白熱するジャンケンを笑って見ていた。
「キラ」
そこへ誰かが少年の名を呼んだ。
「アスラン」
キラと呼ばれた少年は相手を振り返ると微笑みかけた。
小さい頃からの幼馴染。戦争では敵対することもあったが、最後は共に戦い抜いてきた。かけがいのない親友。
戦争時は肩ぐらいまでしかなかった青い髪は一年で背中まで伸び、今はそれをひとくくりに結んでいる。
切らないのかと聞けば、カガリが長い方が弄べていいというんだと苦笑顔。彼女は短い方が好みだと思ったけど、そうでもないらしい。しかし、自分の髪でなく、他人の髪を弄ぶというのは彼女らしい気がした。
一年経って、ますます精悍さが増した、それでいて繊細さを残した顔。それに加えて以前にはなかった精神の力づよさというものが滲み出てきている。それは色々な経験によってアスランが育てていったものだ。
成長期の少年にあるアンバランスさをすでにアスランは持ち合わせていない。安定した表情はその魅力的な顔をよく引き立て、女性達がこぞってアピールする気持ちもわかる。
「元気そうだね。」
「昨日も会っただろうが。」
「そうだっけ?」
忘れたよ。といまいち真剣に思い出そうとはしていないキラをアスランは見詰める。
「兄ちゃん!決まったよ。やろう!」
振り返った子供はそこでキラの隣のアスランに注目した。
「あれ?そっちの兄ちゃん、よくテレビに出てる人?」
「あ、本当だ。色々褒められてる人だ。
私のママも偉いわねっていってたよ!」
次々に飛び交う言葉にアスランは苦笑して、
「悪いけど、このお兄ちゃん、借りていいかな?」
「え〜〜〜!!」
残念そうな顔が子供に広がった。
「明日も来るよ。」
「うん!じゃあ、また明日ね!約束だよ!!」
子供は単純なもので、そう言って仲間たちと駆けていく。
それにひらひらと手を振っていたキラはアスランの方に向き直る。
「珍しいね、ここまで足を運ぶのは。大変じゃない?
アスラン忙しいもんね。あれ以来。」
ラクス、カガリもだが、アスランも戦争時の活躍は国民の賞賛の的となり、テレビに講演にひっぱりだこであった。
そうしてそれは今も変わりない。積極的に国民に語り掛ける。残った者、戦った者として。戦争の凄惨さを、いかに愚かであるかを、そして未来へとつなぐために。
「・・・・お前もだろ。いや、むしろお前の方が忙しいんじゃないか?」
キラはあれから研究機関に所属し、いまや、コンピューター技術の第一人者である。研究所でも様々な役所に抜擢され、研究の副責任者という肩書きも持っている。副であるのはおそらく、その年齢が関係しているのだろうが。
そうしてまた、以前に発表した論文が話題を呼び、あちこちに講演に御呼ばれしているともいう。
「講演片手に研究は忙しいだろ。」
「・・・・・・そうでもないよ」
そう言って俯いた顔をアスランは見る。
(・・・・・そうだ、キラにとっては忙しい過ぎるくらいがいいんだろう。思い出さないためにも・・・・・・・・でも・・・・・それでいいのか?)
キラはあれから変わった。本質はかわっていないとアスランは思うが、その姿と雰囲気はずいぶんと変化したようだ。
まず以前は横髪が少し他より長かったのだが、それを切って、少し長めの普通のショートカットにした。それだけで幼さが薄まった。
少女のようだった顔つきはもう青年のそれへとなり、周りの女性達も放って置かなくなった。すれ違えば頬をそめる女性も少なくない。
柔らかい曲線を描いた頬はシャープな曲線に変化しつつあったし、その表情もずいぶんと幼さが消えたように思う。穏やかな眼差しは変わることはなかったが、戦争以来、憂いを映した瞳も変わることは無かった。
昔からどこかふわふわした雰囲気をもっていたが、キラはますますその儚い雰囲気を深めた。
そのせいで青年になりつつあるシャープな面立ちに浮世離れした雰囲気が立ち込め、その危うさがまた一種の魅力と化している。
「アスラン、カガリはどう?」
カガリとアスランはあれから恋人同士となり、その関係は今も続いている。その姿は微笑ましく、見ているこっちが幸せになるほどに幸せそうだ。
「ああ、相変わらず元気だよ。」
そっか、といってキラは顔を子供たちに向ける。しかし、その視線はどこか遠くを見ていた。
「・・・・・ラクスは?」
あれからラクスとキラの関係は微妙だ。アスラン、カガリ以外の周りはみんな恋人だと思っている。確かに二人は仲良く、時々二人で出かけたりするが、恋人というには少しぎこちない。おそらくそれはキラの方に問題がある。
守りきれなかった彼女をいまだに思っているようにアスランには思えた。
ラクスは最初、積極的に慰めたり話し掛けたりしていたが、結局キラの気持ちが落ち着くまで待つことにしたようだった。それと同時に自分の占めるキラの心の度合いを思い知らされたようだった。
『私、諦めませんわ。だって、放って置けないのです、キラを。
どうしても惹かれてしまうんですわ・・・・・・。』
穏やかに笑った顔はそれでも少し寂しくて。
「・・・相変わらずだよ。」
カガリとラクスとは仕事が似たようなもののせいか、よく会う。職種の違うキラの方が時間が合わないだけに会いづらいのだ。
「・・・・・・・そっか」
キラは遠くを見詰めたまま。
沈黙が二人の間を流れた。
どのくらいたったのか、やがて子供たちは家に帰り始める。
「兄ちゃんたち、ばいば〜い」
「お兄ちゃん、また明日ね!」
キラやアスランに声をかけて帰っていく。
「・・・・・・平和だね・・・・」
キラが最後の一人が帰ったと同時に呟いた。
ちょうど吹いた風が少し耳にかかる程度だった髪をかきあげ、きらりとその耳にピアスが光った。
アスランはそれを見て少し眉をひそめた。
「キラ・・・・・戦争は終わったんだぞ・・・・」
ピアスは彼女の髪、瞳と同じ赤。
彼女の過激な性格にもその色は似合っていたらしい。
何のつもりでキラがそれをつけたのかはアスランも知らない。しかし、あまりいい傾向とは思えなかった。
思った以上に深い傷。
「うん・・・・・わかって・・・・いるよ・・・・」
「ならっ・・・・キラは」
「アスラーン!!」
それは間違いようも無いカガリの声。
公園の入り口で呼んでいた。今はキラを呼んで手を振っている。
「ほら、カガリが呼んでいるよ。アスラン。」
元気だねなどといって、キラはカガリに手を振っている。
カガリは一年経って髪の毛をショートにしたが、姿は曲線を描き確実に女になっていた。相変わらずの男言葉ではあったが、それに惑わされることも無くもう女だと万人が認めるほどになっていた。
恋は人を美しくするというが、着実にカガリは美しくなっている。
「キラ・・・・」
険しい顔をしてアスランはキラを見た。キラはその奥を貫くような鋭い眼差しに揺らぐことなく笑みを深くした。
まるでそれによって心の奥にシャッターをかけるよう。
「何?」
底が見えない、奥が量れないその表情にアスランはますます眉を寄せた。
「そんな顔してたら、幸せ逃げるよ。アスラン。折角カガリと幸せになれたのに・・・・」
「キラ」
低い声でキラの名を呼ぶ。しかしキラはその態度を変えようとはしなかった。手元にあったパソコンと資料、ディスクを整理もせずに鞄に入れると、立ち上がった。
そうすると背の違いがわかる。
キラもだいぶ伸びたが、その分アスランもまた伸びたらしい。まだアスランの方が高い。
「・・・・・目線は変わらないね」
「だが、変わったことの方が多いだろう。」
「・・・・・そうだね。・・・・時間の流れは誰にも止めようがない。」
待つのに痺れを切らしたカガリが近づいてくる。キラはそれを瞳に映しながらどこか別の風景を見ているようだった。
アスランはキラがそのどこか別の風景に囚われそうな感覚に襲われて、語調を強くして言った。
「時間の流れが有る限り、変化しないものはこの世にはない」
「・・・・・それはこの世のものではないものなら変化しないように聞こえるけど?」
そこでアスランはいったん口を開きかけて、それを飲み込むように閉じ、さしあたりのない言葉を紡いだ。
「・・・・たとえば幽霊」
「信じてないでしょ。」
キラはにやりと笑って口調を変えた。儚かった雰囲気も冗談をいうときの軽いそれに変わる。
アスランも空気が柔らかくなり渋面を造っていった。
「当たり前だ。だが、魂というものは信じていもいいかもしれない。」
「・・・魂はあるのに幽霊はいないの?変なの。ま、どちらにしろ非科学的には変わりないけど。」
「・・・キラは理系だもんな。」
「アスランもでしょ。」
「お前ら、何の話だ?」
カガリが話しに割り込む。
「幽霊の話だよ、カガリ」
キラは悪戯をやらかす前の悪がきのように笑った。
「げっ」
「聞いたんだけど、この公園にもそういう話があって、夕方になると・・・・」
「わ〜〜〜〜!!言うな〜〜!!」
「片手に人形を持った男の子が一緒に遊ぼうってきて、どこかに連れ去っていくって。腕をつかまれるとどうやっても振り解けなくなって、そのまま・・・・・」
「キ〜〜〜ラ〜〜〜〜!!」
カガリはこの手の話が苦手らしい。キラの口を両手で塞いでしまった。
と、後ろからカガリの肩を叩く手が・・・・
「うわぁ〜〜〜!!」
カガリは悲鳴を上げてキラに抱きついた。キラは一体なんだとカガリの背後を見れば、
「なんだアスランじゃん。」
叫ばれて苦笑したアスランがいた。
「ア、 アスラン?」
カガリは恐る恐る振り向く。そうして相手を確認すると、ちょっと恥ずかしそうにキラから離れ、気まずそうに笑った。
「お前な・・・」
「ご、ごめん」
幽霊と間違われたアスランは苦笑し、カガリはひたすら恐縮している。その様がおかしくて、キラは笑った。と、そこで思い至る。
「カガリはアスランに用があったんじゃないの?」
「ん?うん。アスランと今日夕食の約束したからなっ」
臆面も無く嬉しそうに言うカガリは誰が見てもかわいいと評するだろう。キラもまた・・・そうしてにっこり笑う。
「どうりで。今日はいつもよりかわいいと思った。」
「今日は?」
「うん。いつもかわいいけど、今日は特別。アスランとだからね。」
「・・・・・最後が余計だけどな。普通本人の前で・・・・」
キラの褒め言葉というよりも、アスランのためと当事者の前で言うことにカガリは赤面した。
「あはは、かわいいなぁ、ほんとカガリは・・・」
兄弟と聞かされてもいまだにぴんと来ないキラとカガリは、それでもなんとなくその間に兄弟のような親密な感覚をもちつつあるようだった。
「キラも一緒にこないか?」
アスランが誘うとカガリも賛成した。
「そうだ。お前とは久々に話したかったんだよ。」
「ありがとう。でも、僕はそんな無粋な真似しないよ。二人で楽しんできた方がいい。僕との会話はまたの機会でさ。」
キラはそう言って辞退する。
「そんなこ・・・・」
「じゃ、またね。アスラン、カガリ。」
有無を言わさずにキラはそこから立ち去っていった。その背中には拒絶する思いが見て取れた。
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