瞬きの闇
「乗っていきませんか?」
「え?いや、いいよ。まだそんなに暗くないし。」
あれから、キラとラクスは打ち解けて、ラクスの迎えが待つところまでキラが送っていったところだった。
高級車であろう車が止まり、ラクスが乗れるように運転手が扉を開けて待っている。
「気持ちは嬉しいけど、僕、本当に大丈夫だから。」
「私が貴方とまだ一緒にいたいと思っているのですが。」
「え・・・・・・」
にっこりと笑われて、キラも曖昧に笑う。
好意で言ってくれているのはわかるが、キラの宿舎は軍基地内だから、軍基地入り口までしかこの車は入れないし、どうもこの眼の前の少女に自分が軍人だと知られるのは躊躇われた。
適当なところで下ろしてもらえばいいのだろうが・・・・・・
「キラ!」
そこへ、車のライトがキラとラクスを照らし出し、キラの名を誰かが呼んだ。
振り返って見ると、ライトが眩しくてよく見えない。
だが、そのシルエットからすると・・・・・・
「イザーク?」
あれから、イザークはなんとなく落ち着かず、車を走らせていたところだった。
偶然ふと目を逸らせば、無意識に求めていた姿がいて、思わず車を止めて名を呼んだ。
呼んだ瞬間に誰かが一緒にいるのにまずかったか、と思ったが、イザークとてこんな機会を逃すつもりはない。
相手はライトを眩しげに見た後、じっとこちらを見詰めて、首を傾げた。
「イザーク?」
キラの隣の人物がそれにびくりと身体を強張らせて、キラと同じくイザークに向けていた視線をそらした。
イザークはその身体の線と仕草から、どことなく疑問を持った。
それが確信をもったのは、キラにその人物が別れの挨拶を言ったときだった。
「お知り合いですか?」
「うん。」
「そうですか。・・・・・・送らなくても本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。僕一応男だし。」
ラクスはイザークにバレまいと、早くここを去りたかったが、キラのことが気がかりだった。
折角出会えたのに、まだ別れたくなかった。たとえ、自分は偽りだとしても。
だが、「キラ」という名前がわかれば、おそらくは珍しい名前だからきっと探し出せるだろうともラクスは思う。
「では、私はこれで。またお会いできれば嬉しいです。」
「うん。僕も。あ、僕はキラ。キラ・ヤマト。君は?」
「え?私、ですか?あの・・・・・・ラ・・・・・・ク・・・・・・」
本当の名を言ってしまえば、きっと彼には自分の正体がわかってしまうだろう。
彼の中の自分がラクス・クラインへと変わってしまうなんて嫌だ。
ラクスは自分の名前によって、この出会いを変質させたくはなかった。
だが、この少年に嘘もつきたくはない。
ラクスは色々と迷っているうちに、それを察したキラが助け舟を出してくれた。
「あのっごめん。配慮が足りなかったね。無理に名乗らなくてもいいよ。
人にはその、色々な事情ってものがあるものだからね。」
自分はまずいことに触れたのだと、慌てたように早口でそう言った後、ね?とキラは安心させるように笑った。
その言葉と表情に安堵しながらも、キラのその言葉によってラクスは胸の中が落ち着いた。
そして、相手を疑ってしまっている自分が、情けなくも感じた。態度を変えてしまうと恐れている自分をはっきりと認識する。
信じれない自分を省みて、少しの勇気を振り絞って。
「ラクス、です。それでは。また会いましょう。キラ・ヤマトさん。」
イザークに聞かれぬように囁くように言ったラクスの言葉にキラは目を見開いたが、その後、笑って言った。
「キラ、でいいよ。じゃ、また会おう。」
キラはラクスをそっと車の中へ押した。
ラクスは性を名乗れなかった自分を詰り、名前を名乗った自分を褒める。
ただ、キラがラクスだとわかったかどうかはよくわからなかった。
キラを振り返ろうとしたところで、バタン、と無情にも運転手がドアを閉める。
「あ・・・・・・」
「どうされました?ラクス様。」
「あ、いえ・・・・・・行って下さい。」
キラは普通に手を振っている。その仕草からは気付いたのかはやはりわからない。
ラクスは振り返してから、ふと、涙が零れている自分に気がついた。
何故か胸が痛い。
車が壊れてしまえばいいのに。
今すぐ、彼の所に戻りたい。
すべてをバラまいてしまいたい。
この胸に溜めた叫び。
そんなことをすれば、彼は困るだろうに。
ラクスは衝動をぐっと歯をかみしめて堪えた。
運転手はラクスの異変に気付かない。
ラクスは遠ざかっていくキラの姿を最後まで見れなかった。
あの声はおそらくラクス・クライン嬢じゃないか?
イザークはキラとラクスのやりとりを遠くから眺めていた。
キラの隣にいる少年の丁寧な仕草はラクスの仕草とどうも被る。
だが、その格好は少年のそれだ。
それに車も違う気がする。
イザークは首を傾げた。
だが、人には隠したい感情や事情がある。
イザークはあえてそれらを無視した。
ただ、キラとの接近が気になってはいたが。
「イザーク、偶然だね。一日ぶり。」
キラはラクスの車を見送ってから、イザークの車へと近づいた。
オープンカーだったので、イザークはそのまま運転席で待っていた。
「ああ。キラは・・・・・・墓参り、か。」
「うん。今度はいつになるか、わからないしね。」
「そうだな・・・・・・だが、正直、墓参りは辛いな。」
ぽつりと呟くようにイザークはいった。
墓参り。
その単語はいやにイザ―クの耳に慣れない言葉だった。
ユニウスセブンで親戚は失っていないし、つい最近まで声をかわしていたミゲルやラスティが死んだことにいまだ実感が湧いていなかった。
そして、母親に言われたのが効いたのだろうか、次は己の身かと思えば、墓参りはどうも行く気がしない。
ミゲルやラスティに失礼だ、と言われればそうだろうが、イザークには彼らはどこかで生きているような気さえする。
イザークは近くにいた人間の突然の死に困惑しているのだ。
「キラ、送っていってやる。乗れ。」
物思いを振り切るようにイザークはキラにぶっきらぼうに言った。
「え?いいよ。僕、男だし。」
「男だろうと危ないものは危ない。最近は男でも危ないんだ。
特に少年は。軍の宿舎と向かう方向は同じだし、ついでだ、ついで。さっさと乗れ。」
照れくさいのか、イザークはいつもよりやや早めにそう言うと、くい、と助手席を指差した。
キラは笑ってイザークの隣に乗り込む。
「ありがとう。」
「ついでだ。別に気にするな。」
ふん、と何故か偉そうに鼻をならすイザークにキラは笑う。
照れくささを隠すための仕草なのだと、ディアッカに聞いていたからだ。それに頬を赤くしてそう言ってもまったく説得力がない。
しばらく顔を撫でる風が心地よくて、キラは上機嫌で景色を見ていたが、ふと口を開いた。
イザークの方を見た途端、イザークが視線を反らせたので、どうやらイザークは会話の糸口を探していたようだった。
「そういえば、僕、ニコルの発表会見に行ったよ。」
「ああ。あれか。どうだった?」
「え〜とね・・・・・・」
キラは寝る前の演奏を思い出す。
(え〜と、すごくゆったりした曲だよね、確か。寝るのにはすごく最適な・・・・・・なんだろ。エレガント?
でも、確かに綺麗だったな。パソコンの音も大分良くなったけど、やっぱり生演奏には及ばないよね・・・・・・)
「そうだなぁ・・・・・・綺麗だったよ。ピアノの音って本当綺麗なんだね。
直に聞いたのって僕数えるほどしかないし。こう、穏やかな曲でね・・・・・・寝やすかっ・・・・・・あ」
しまった、とばかりにキラは口を抑えたが、にやりと笑ったイザークに観念した。
「う〜。そうだよ。寝ちゃったよ。あまりにも耳に心地良かったんでさ・・・・・・
これじゃあ、アスランと同じになっちゃう。僕の方が多少芸術に理解あると思うんだけど・・・・・・」
ぶつぶつと頬を紅潮させながら、キラは言い訳めいたことを口にした。
その拗ねたような表情が可愛くて、イザークは頬を緩めたが、次には意地の悪い顔で切り出した。
「キラ、知っているか。」
「何を?」
「そういうのを五十歩百歩というんだ。」
「・・・・・・でもさ、僕五十歩の差って大きいと思うよ。」
負けを認めようとしていても、どうにも負けず嫌いが出るキラ。
また新しい側面を発見したイザークは嬉しくて微笑んだ。
「ありがとう、イザーク。」
ドアを開けようともせずに上から降りようとするキラのずぼらさを発見しつつ、イザークは声をかける。
「両親とかとは食べないのか?今度いつ帰ってくるかわからないだろうに。」
「・・・・・・イザークには言ってなかったね。
僕の両親、ちょっと前に死んだから、いないんだ。
でも、大丈夫だから。もう、大丈夫____
えっと、ほら、僕、結構料理、上手いんだよ。」
「キラ」
「今度、何かつくって上げるよ。皆に。」
「キラ!」
びくり、とキラの身体が揺れた。
目を逸らしていたキラは思わずイザークを見た。
そのアイスブルーの瞳が真っ直ぐ、怖いほど真剣に見詰めてくる。
キラは再び逸らすことも出来ずに目を瞑る。その眉根には深い皺が刻まれた。
「・・・・・・今は、楽しませて。」
「キラ」
「今はミゲルとラスティのことだけを。
父さんや母さんや叔母さんや友達のことなんて____」
その先の言葉を言わせてはいけないと思った。
イザークはキラの口を手で覆い、言葉を遮る。
「すまない。キラ」
「・・・・・・」
痛いくらいの沈黙。
夜の寒さが急に二人を襲った。
「あ、・・・・・・失礼。」
イザークは携帯を取り出して、相手を確認すると電話に出た。
夕食を共に食べようという母親からの誘いだった。
家で食べるようなので、イザークはふと思いついて言う。
「もう一人分お願いできますか?客を一人、連れて行きたいんです。」
『ディアッカくんかしら?わかったわ。ジーンに言っておくから。』
携帯を片付けながら、「というわけだ。キラ、招かれろ。」とイザークはぶっきらぼうに言った。
キラは目を丸くして、それから遠慮するそぶりを見せたが、結局「イザークの迷惑じゃなければ・・・・・・」などと言って浮かしていた腰を再び助手席に下ろした。
「は〜おいしかった。ありがとう、イザーク。」
満足そうにキラは外の空気を吸って伸びをした。
夜空を見上げて鼻歌なんかを歌っているところを見ると、気分も晴れたようでイザークはほっとした。
食事中、母親のちょっとした好奇心の視線が痛かったが。
「まぁ、シェフの腕が良かったってことだ。ジーンに伝えておくさ。喜ぶ。」
「あ、うん。すごーくおいしかったですって伝えてくれる?」
「むせるほど?」
「あれはっちょっと緊張しただけだよ!僕、あんまりああいう高級なの食べないし・・・・・・」
真っ赤になったキラの言葉の最後の方はごにょごにょと小さくなっていった。
ははは、と笑うイザークに軽くパンチをすると、掌で受け止められた。
それからそのままパンチを握られて、車の横まで流れるようにエスコートされ、ドアまで開けられてしまった。
「・・・・・・女の子じゃないんだから・・・・・・」
「お客様だからな。」
さらりと言って、キラが乗ってからドアを静かに閉めるところなど、ひどく紳士のようだ。
女の子にもてるだろうな、とキラが思っている間に、するりと運転席に滑り込み、イザークは車を走らせた。
「イザーク自身は料理できるの?
あ、でも料理する必要がないのか。宿舎は食堂あるもんね。」
「ああ。必要はないが、それなりには出来る。習ったからな。」
「野宿の仕方とか?」
「・・・・・・確かに士官学校でも似たようなものは習うが、俺のは少し違う。
昔料理をしているところを見るのが好きで、何度が料理をさせてくれと頼んだ覚えがある。」
「へぇ。」
「意外か?」
「うん、ちょっと。」
先ほどよりも風が増したようで、オープンカーに乗っているイザークとキラの髪の毛は思う存分風に弄ばれている。
目を覆い隠す前髪をかき上げて、キラは笑った。
何?とイザークが視線を向ければ、笑った表情のままにキラは言った。
「いや、ちょっと。思い出しちゃった。
アスランってすごい料理が下手なんだよ。
本人は下手じゃなくて、料理方法が問題あるとかわけのわからないこといってるけど。
とにかくとてつもなく味付けがだめ。味音痴じゃないのに、何故か自分で料理すると味付け変にするんだよね。
でも、包丁さばきだけはすごかった。あれは包丁さばきっていうよりナイフの扱いって感じだったけど。
きっとあれは野宿実習の成果だね。」
アスランのことを思い出して笑うキラに、面白くないイザークではあったが、そこまでアスランがひどい料理をすることに興味を持った。
「包丁さばきだけ・・・・・・か。
___そんなにひどいのか?」
「うん。だって、例えば、野菜を炒めたりするときとかなんてさ、鍋に入れた材料はアスランが炒めた後は半分しか残らないから。」
「半分?」
「そう。残りの半分は炒めているうちに勝手に鍋から飛び出ちゃうんだって。」
「・・・・・・アホか。」
「ねーそう思うよね。
普段ちょっとすました感じだけど、結構抜けてるんだよ、アスランって。」
あはは、と笑うキラにつられて、イザークも笑う。
そして、もしも、ないだろうとは思うが、もしも野宿したときはアスランには絶対に食事係にだけはさせないと密かに心に誓った。
キ、と車が止まったところは宿舎ではなかった。
あれ?とキラが見渡すと、そこには夜景が広がっていた。
「わ・・・・ぁ・・・・・・」
「すごいだろう?」
夜景に見入りながら、こくこくと頷くキラの態度にイザークは満足して、自分も夜景を眺めた。
「綺麗だね。」
「ああ。」
「まるで下にも星空があるみたい。」
「気に入ったか?」
「うん。ありがとう。」
にっこりと自分に向かって笑うキラにイザークは顔が熱くなるのを感じた。
暗くてよかった、とイザークは思う。
好きな子の前ではカッコよくありたいと思うのは確かに当然といえば当然の思いだろう。
ふるり、とキラが震え、腕をさすった。
「寒いか?」
「う、ううん。」
「嘘付け。・・・・・・そんな薄着をしているからだ。」
イザークは己のコートを遠慮するキラに無理やりかけてやる。
そのコートはイザークのぬくもりをまだ残しており、ほんのりと温かかった。
自分だけ温かいのも気が引けて、キラは少し考えた後、コートを手繰り寄せ、コートの横端を横端を持つと、イザークへと抱きついた。
「キッキラ?!」
「こうすれば、二人とも温かいんじゃない?」
キラにはイザークのコートが少し大きかった。その余分の部分でイザークを覆おうとしたのだった。
確かに温かい。温かいが、恋愛感情の好意を持つ者に抱きつかれては嬉しいやらどきどきするやらで、イザークはうろたえていた。
ここまで他人と密着したのは初めてかもしれない。
だが、キラは別に特にこれといった挙動も見せず、じっとしていた。慣れているのだろうか。
イザークはどうも抱き返すのは躊躇われて、そのまま手は横に普通に構えておくことにする。
どうすればいいんだ?と戦闘のときよりも数倍早いと思われる計算を頭の中で繰り替えすが、答えは出ない。
「・・・・・・」
「キラ?」
キラがイザークの肩に顔を埋めているのが気になった。
肩が震えているのは寒さのせいではないだろう。
(泣いている?)
イザークはそっと、横に構えていた腕をキラの背中に回し、ゆっくりと抱き返した。
それぐらいしか、慰め方を思いつかなかった。
初めはその姿に興味を持った。
けれど、それだけではこんなにも惹かれない。
その強さの裏に秘めた脆さが、脆さと同居する優しさが
自分をこんなにも惹きつけてやまない。
抱きしめているのは自分なのに、アイツの代わりのように思えて仕方ない。
アイツのように、もっと、言葉を。
震える肩を慰める言葉が欲しい。
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04.1.8
あとがき
アスランは料理が苦手な感じが・・・・・・でも、ナイフさばきというか包丁さばきだけは得意そう。
キラは普通の料理ならそこそこ作れそう。でも、得意ってわけでもなさそうだし、自分だけだとレトルトとかで済ましそうな感じが・・・・・・意外にイザークが料理上手いと思うんですよね。こだわりがあるというか。
でもって、ニコルとかお菓子作ってそう。。
てか、イザーク、シルエットでわかったって。やっぱおかっぱ?
そういえば、イザークの父親ってどこいったんだろ?ユニウスセブンで死んだのか?
一応ここでは生きているってことで。そして母親はたぶんイザークの思い人がキラだと気付いているかと。