憩う闇
「どうかしましたの?アスラン?」
「え?いえ・・・・・・」
アスランは今、婚約者であるラクス・クライン邸に訪れ、ラクスと庭を散策していたところだった。
婚約者である彼女に会うつもりは実のところアスランにはなかったが、少し休みを貰ったと父親に連絡したところ、婚約者と過ごせと言われ、特に予定もなかったので来たのだった。
周りにはアスランが贈ったハロがピョコピョコと跳ねては何ごとかを言い、二人でいるのに騒がしかった。
自分はあまり彼女を喜ばせることは出来ないから、せめて得意分野のロボットをつくって贈ったのだ。だが、それはあまりにも量が多すぎたらしい。
客が来るたびにこれでは少し、やかましい気がした。
だが、彼女が気に入っているようなので、アスランは苦笑して何も言わなかった。
ラクスはいつも穏やかな笑みを浮べて、とても丁寧な口調で話す。
その纏う空気は周りの者を落ち着かせ、沈黙であってもさして空気が重くならない。
そんな彼女にアスランはいつも感心すると共に、どこか緊張感が薄れていくのを感じた。
まるで、昔から一緒にいた幼馴染のような感じだ。
そういえば、キラも同じような雰囲気だな、とアスランは思う。
相手を和ませる感じではちょっとタイプが違うけど、似ているかもしれない。
けれど、キラの場合はラクスよりももっと落ち着きがなくて、ちょっと子供っぽくて、中々頑固で意地っ張りで・・・・・・だけど、最後にはにっこりとした笑顔でこっちを負かしてしまうんだ。
「アスラン?」
「え?」
「何か楽しいことでも思い出されましたの?とても楽しそうですわ。」
「ええ、ちょっと・・・・・・友人とラクスが少し似ているなぁ、と思いまして。」
そう言って、アスランはキラを思い出して、くすくすと笑う。
否、もしかしたら全然似てないかもしれない。
キラはおっちょこちょいだし、見てて危ない感じではらはらするし、それでこっちが心配して怒れば、いきなりしゅんとして捨てられた子犬みたいに謝るから、どうにもこっちが分が悪くなるし____
ふと、そこでアスランは最近のキラを思う。
そういえば、でも・・・・・・再会してからはあまりそういうことはないな。
戦闘ばかりだったせいもあるかもしれないが_____
「てやんでぃ!オマエもな!」
突然、考え込んでいたアスランの目の前にピンクのハロが飛び出してきた。
びっくりしてアスランはそれを受け止める。
だが、その衝撃で後ろにバランスを崩してしまった。
「うわっ」
芝生の上にアスランは尻餅をついた。その周りを何体ものハロが囲み、ピョコピョコと跳ねる。
それを見て、ラクスが笑って言った。
「まぁ、きっとアスランと遊びたがっているんですわ。」
アスランはその笑顔を眩しそうに見上げ、ここにはいない友人の笑顔と重ねた。
結局キラはラスティの手帳のことを誰にも話さなかった。
それでも、やはり、と両親にあげることに決めたのだった。
キラは貰った休暇で一人でラスティの両親のもとに行き、手帳と写真を渡した。
それから、ラスティの墓参りまで行ったのだった。
そのとき、アスランの母親の墓も、と思ったのは偶然に過ぎない。
一応ニコルのピアノ発表会にも、ニコルの出番あたりだけ顔を出したことは書くべきだろうか。
そして、蛇足だが、アスランと同様に少し寝てしまったことで、キラはアスランばかりを笑えないこととなったらしい。
「あれ?」
先客がいた。と思ったら、それは隣の墓石に花をあげているらしかった。
身長はキラより少し低いくらいで、とても華奢な少年のようだった。
だぼだぼの服はその身体のラインを曖昧にさせ、しかしその華奢さを引き立たせるようだった。
髪の毛の色は金髪。その面立ちはどこかで見た気がしたが、どうだろう。
キラは黙祷しているその子の邪魔にならないようにそっと脇にいって、花を捧げようとした。
ふと、その子は黙祷しているのではなく、歌っているのだと知る。かなり声が高いな、と思った。
しばしその綺麗な歌声に聞きほれていると、その子が瞳を開けた。
そうして、横にいたキラを不思議そうに眺める。
「えっあっと・・・・・・ごめん。あの、綺麗な歌声だなって・・・・・・ごめん、邪魔だったよね?」
「いいえ。そう言ってくださって嬉しいです。」
その声にキラはどこかで聞き覚えがあり、内心首を傾げた。
よもやこれがラクスだとは思いもつかない。彼女は女性特有の柔らかなラインを持って、その桃色の髪の毛が印象的だったから。
実際、キラが調べていてラクスの写真を見たのは数回だし、テレビで出ているのを見るのも実はそう何回もない。
ラクスがカツラを被り、服装を変えてしまえば、キラにはあまりわからないのだ。
たとえ少年が女の子だと気付いてはいても。それにそこを指摘するほどキラも無粋ではない。
そもそも、何故ラクスが変装をしてここに来ているのかといえば、誰にも邪魔されずに墓参りをしたかったからだった。
慰霊団の代表として名が挙げられ、歌手としても多大な人気を集める彼女は有名で、誰もが声をかけてくる。さらに父親が最高評議会のハト派代表というシーゲル・クラインならば、それこそ年代問わずに皆が振り向くのだった。
それは確かに嬉しいことだが、たまにはこうして何の肩書きもなく街を歩いたり、墓参りくらいしてみたいのだ。だから、午後になってアスランとの散策を終えた後、変装をしてここへきた。もちろん、護衛はついているが。
「・・・・・・ユニウスセブンで大切な人を失ったんだね。」
ここらへんの墓はユニウスセブンでなくなった人たちの名が連ねてある。
ということはそういうことだ。
呟くようなキラの声に、その子はゆったりと答える。
「ええ。母を・・・・・・」
「そっか。」
しばしの沈黙。
キラはその手にもった花をアスランの母へと捧げた。
黙祷を捧げる。
かつてのその人の笑顔が、脳裏を横切った。
そして、その人の夫の厳しい顔を思い出した。
最後に息子である彼の淋しそうな顔を。
「僕は・・・・・・」
まるで何かを飲み込もうとして、飲み込め切れないような、そんな咽喉の閉塞感。
飲み込めそうで、けれど一気に噴出しそうなそれ。
隣で先ほどの子がじっとこちらを見ているのがわかった。
やがて、堪えていると、あの歌声が聞こえてきた。
心に染み渡るような、綺麗な歌声だ。
それは馴染み深い鎮魂歌だった。
自然と、堪えていた涙が流れるのがわかった。
それはしかし、静かに静かに流れていく。
その歌に乗っていくように流れていく。
その歌は哀しみを乗せていっているようだった。
「・・・・・・ありがとう。」
「いえ。・・・・・・こんなことしかできませんから。」
「そんなことないよ。君の歌声ってすごいいいと思う。月並みな表現で申し訳ないけど。
でもね、すごく、癒されるんだ。す、って心の中の濁りが水に流されるような・・・・・・
_____僕にもそんな能力が欲しかった・・・・・・」
自分のことばかり。
彼のことを気遣いたいのに、心配されてばかり。
彼を癒してあげる言葉が、欲しかった。
彼を癒してあげる何かが、欲しかった。
望んでばかりでは手に入らぬと知ってはいるけれど。
「誰か一人でもいい。癒せる力が欲しかった・・・・・・」
どうして自分はこんなことを他人にしゃべってしまうのだろう。
他人だからこそ、関係ないからこそ、いままで押し溜めていたものが溢れ出したのかもしれなかった。
それに、この子には他人の空気を和ませる雰囲気がある。そして受け止めてくれるような雰囲気があった。
「僕は、壊してばかりで、失ってばかりいる・・・・・・一人だと定めても、満足にその一人すら守れない。」
キラは顔を覆った。
アスランの顔が何度も表情を変えては思い出された。
「すべてをかけようと、思ってるのに、僕は、自分のことばかりだ・・・・・・」
成長期のキラの身体は細く、夕闇の中ではさらに頼りなく見えた。
ラクスは痛ましそうにその瞳を曇らせ、キラの肩をそっと抱いた。
「貴方もまた、心に傷を負っているんですね。」
「・・・・・・この戦争で傷を負わない人はいない。君だって・・・・・・」
「・・・・・・そう、見えますか?」
ラクスの淋しそうな声に、キラははっとなって、ラクスを振り返った。
「ごめん、あの、その・・・・・・君を悲しませるつもりはないんだ。
ごめん、誰だって、悲しいことを思い出したくないよね。」
「でも、時には哀しみを思い出さなければならないときもあります。」
ラクスのその言葉にキラは目を見開いた。
真っ直ぐに向けられる紫の瞳から、ラクスは目をそらす。
それに違和感を覚えて、キラはそっと頬に手を当てて、ラクスの顔を起こすと言った。
「そうかもしれない。
けれど・・・・・・だったら、どうして君はそんなに辛そうなの?」
今度はラクスが目を見開く番だった。
ダッタラ、ドウシテ君ハソンナニ辛ソウナノ?
「無理はしない方がいいよ。友人にそう言われた僕が言うのもなんだけど。
哀しいのに笑うことはないよ。
君の笑顔は確かに見るものを和ませるけど、君が幸せでなきゃ、意味がない。」
そう言うと、キラは先ほどラクスが歌っていた唄を歌いだした。
ラクスはじっとキラを見詰めたまま、その唄を聞いていた。
やがて、照れくさそうに「君よりよっぽど下手だけど」とキラは笑った。
ラクスもつられるようにして笑う。
「____人は他人を癒すことはできるけど、自分を癒すことはできないのかもしれないね。」
そう言って、まだ濡れた頬でにっこりと笑うキラがラクスにはひどく綺麗に見えた。
**********
イザークが本を読んでいると、ドアがノックされた。
「イザーク?ちょっといいかしら?」
「母上?」
イザークが姿勢を崩して身体を埋めていたソファの上で、姿勢を正す。
母上はドアの近くに立ち、そんな息子を見て、呟くような声で言った。
「・・・・・・戦死の報告を聞いたわ。」
ラスティとミゲルのことだ。
自分の息子が自ら望んだとはいえ、死なれるのはやはり母親としては恐ろしいのだろう。
その同じ隊員が死んだとなれば、息子の死を身近に感じるのも当然といえる。
珍しく躊躇って、そうしてから真っ直ぐ瞳を見詰めて、母上は切り出した。
「イザーク、貴方は今、何のために戦っているのかしら?」
この答えはすぐに出てくるはずだった。
軍に入ったとき、「ナチュラルを倒し、コーディネーターの世界をつくるためだ」といっていたのだから、再びその答えを言えばいいだけだ。
イザークは母親がタカ派だったことより、本人も同じ考えを持っている。
自己防衛よりも、相手を屈服させるべきだ、と。
だが、母親はパトリック・ザラとは違い、そこまで強硬派ではない。
ただ黙って支配されるよりは反撃するべきだと主張しているだけだ。
だが、イザーク脳裏には、違うものが浮かび上がっていた。
『そばにいれればいい感じ・・・・・・』
控えめに笑う中に見える哀しみが痛かった。
初めは珍しいその瞳の色に惹かれて、けれどそれだけではここまで思わなかったはずだ。
触れ合った時間はまだ僅かなのに、どうしてここまで惹かれているのか。
その理由は自分だってわからない。
気がつけば目で追って、気がつけばその存在を求めていた。
「イザーク?」
「えっ?」
「何を思い出していたの?」
「いえ、別に・・・・・・」
イザークは自然と顔が熱くなるのを感じた。
どうにも自分は感情が顔に表れやすく、読み取られやすくてよろしくない。
「大切な人のこと?」
「・・・・・・」
「貴方顔が緩んでいたもの。」
違う、と否定しようとして、顔を上げた前にいた母親の顔を見た瞬間、その言葉を飲み込んだ。
母親が穏やかに微笑んでいたからだ。
「安心したわ。
貴方にそういう人がいることに・・・・・・
イザーク、貴方はその人を守る為に今、戦っているのかしら?」
どうも誤魔化すタイミングを失って、イザークは素直に答えた。
真剣さの漂う母親の雰囲気に押されてのこともあったかもしれない。
「・・・・・・そうかもしれません・・・・・」
「ならば、イザーク。
貴方はその人を守れるくらいに力をつけなさい。
そして、戦って戦って、生き残りなさい。」
母親は美しく笑った。
母親として生き残って欲しいがために、その気持ちを利用しただけかもしれなかった。
けれど、安心したのは本当だった。
そういう人を見つけられて、良かったと思う。
イザークはとても幸せな顔をしていたから。
「じゃあ、私は行くわ。
今日は大事な会議があるから。」
最高評議会のことだ。
イザークは頷いて、母親を見送った。
その車が屋敷を去り、見えなくなるのをイザークは見ていた。
「大切な、人・・・・・・か」
イザークはふいにキラに会いたくなった。
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04.12.26
あとがき
アスキラなのか、イザキラなのか・・・・・・
それにしても、イザークの母親ってイザヤだっけ??名前忘れた。
そして、ラスティやミゲルの墓はそんな早くにつくったのかという・・・・・・一人で突っ込んで、一人でまぁ、いいでしょう、と納得する今日この頃。