降りた闇
「面白いものを見つけたな。」
ケイは重力に引っ張られる艦の上で笑っていた。
眼の前にはシンの乗っていたインパルスの画像を重要プログラムとして厳重にロックする操作が行われている。
頑丈な機体の温度がどんどんと上昇し、汗が流れているのにもかかわらず、ケイは笑っていた。
********
「どうして、どうして・・・・・・パパっっ」
「フレイ・・・・・・」
サイの胸元に縋りつきながら、フレイは同じことを繰り返し呟いていた。
涙はもはや涸れ、その頬には涙の流れた跡だけが生々しく残っていた。
幼い頃に母親が病で亡くなった後、ずっとフレイを育ててきたのは父親だった。
フレイは優しい父親にとても懐いていたし、父親も一人娘を溺愛していた。しかし、父親は議員のために多忙で、フレイが物心ついたときから他の家族と同じように一緒に過ごした覚えはあまりない。
それでも、誕生日になれば、華々しいプレゼントと花束と共に、満面の笑みで現れてくれたし、淋しくないようにとメイドや家庭教師なども雇った。
多忙な合間を縫って一緒に食事もしてくれた。
それらの愛情がフレイにはよく伝わってきたし、たとえ丸一日一緒にいられなくとも、毎晩必ず電話やメールをくれた。
母親がいない分も手伝って、父親はよくフレイに構った。
「パパ・・・・・・」
抱きしめてくれたときのあの温かな胸はもうない。
出勤のときに淋しく見詰めたあの広い背中ももはや見ることはない。
何より、あの優しく愛情に溢れた瞳で笑いかけてくれることは二度とないのだ。
先ほどまで、楽しく会話をしていた。
まるで嘘のようだ。
まだ耳に残る、心配そうな声。表情。仕草。
それなのに、今、そのすべてが消えてしまった。
眼の前で______自分の手届かぬが目の前で。
「どうしてなのよぉっっ」
何故、父親が死ななければならない。
父親は議員なのに、どうして軍艦に乗っているのだ。
どうして、父親は議員で、そしてタカ派ではなかったはずなのに。
どうして、どうして、今、ここで、自分の父親が死ななければならない_____
一体何のために
「許さない・・・・・・」
「フレイ?」
「絶対に許さないっっ」
パパを殺したコーディネーター!
自分の温かいものを壊し去った悪魔!
許さない!!
赤い瞳が炎のごとく燃え上がった。
**********
大気圏内を抜けたAAはそのまま重力に引かれて、地面に着陸した。
ケイはガンダムを動かして、なんとか格納庫まで入れる。
かなり上がった温度にケイも参っていた。気絶してしまいそうなくらいに。
それでも、気絶しなかったのは単なる意地だろう。
ケイは熱いのに、歪めた顔を見られたくなくてヘルメットを被ったままにコクピットを這い出た。
息が荒く、自分でもやばいのが分かる。
だが、死んでも倒れた姿を見られたくなくて、ケイは平然を装って下に降りると、足早に格納庫を出て行った。労いの言葉も今のケイの耳には入らない。
フラガがぽんと肩に置いた手も無造作に振り払って、ケイはパイロットスーツのまま部屋に直行した。
厳重にロックをし、誰も入ってこられないようにする。
そこで、やっとふらりと身体を弛緩させ、ベッドに倒れこんだ。
邪魔なヘルメットを力の入らない腕で取り去り、パイロットスーツをだるげに脱ぐと、そのままベッドの上で気絶するように寝入った。
********
「もうすぐ到着ですね」
「ああ。」
「・・・・・・」
それぞれ身支度をして、荷物をまとめたところだった。
皆、プラントの見える窓がある食堂に集まっていた。
「あ、そうだ。」
ニコルは何かを思い出したようで、自分のポケットをがさごそと探る。
やがてそのポケットから大事そうに紙切れ数枚を出し、皆の前に差し出した。
「僕も出るピアノの発表会なんですけど、出来るなら来て下さると嬉しいです。」
「ありがとう。」
キラが差し出されたチケットを貰うと、それにならって皆、行かないかもしれないが・・・・・などということを呟いてチケットを手にした。
だが、チケットを手にして、時間などをチェックしているキラとは違い、アスランは眉をしかめている。
キラは不思議に思って聞いた。
「アスランは何か予定あるの?」
「ん?ん〜・・・・・・ちょっとな。」
「無理しなくても良いですから。」
「ああ。行きたいのは山々なんだが・・・・・」
「でも、アスラン、この前呼んだとき寝てませんでした?」
「・・・・・・」
アスランのしかめていた眉根の皺が深くなった。
それを見て、キラが思わず吹き出す。
「ぷっアスランって本当変わってないんだね」
「変わってないんですか?」
帰艦してからずっと笑わなかったキラの笑みに、ニコルはほっとして聞いた。
アスランも自分が笑われるのは嫌だが、キラが笑ったことには喜んでいるようだった。
「うん。学校でも音楽とか、そういう系は寝てた。
周りはあまりにいい姿勢で寝てるから、聞き入っていると勘違いしてたけど。」
ピアノの発表会で寝ていたアスランを目撃したニコルには容易に想像がついたらしく、ぷ、と口を覆って笑をこらえていた。
アスランはそっぽをむいて、どうもふてくされているようだった。
「どうせ俺は芸術とやらは理解できない男だよ。」
「何?日本舞芸はそんな退屈させないぞ。」
そこへすかさず自分の趣味に関わったことを聞きつけたディアッカが入る。
彼はそういえば、日本芸能が趣味だったか。
今回の休みの間もその練習やらなにやらをするらしい。一度舞っているところを見てみたいものだが、中々そうもいかないだろう。
芸術のことでなにやらアスランはニコルとディアッカに追い詰められていた。
それを見ながら、キラは側にいたイザークにも聞いてみる。
「イザークも何か予定入ってるんだ?」
「俺は家でゆっくりと過ごしたいから、何もいれてない。」
そこまで憮然として言い切ったイザークは、はっと気付いた。
(もしかして、今のはキラを誘うチャンスだったのでは?)
だが、時は既に遅し。
キラは何かを思い出したらしく、あ、ちょっとごめん!と叫ぶとどこかへ行ってしまった。
未練がましくそれを目で追ってしまったイザークは、視線を戻したときにディアッカと目が合い、真っ赤になって怒ったとか。
それの原因がわからないニコルとアスランの二人は目を丸めていたとか。ただし、ディアッカとイザークの話を聞いて分かったニコルは苦笑していたとか。鈍いアスランは分かってなかったとか。
それはどうでもいい話。
***********
ふと、キラはラスティの遺品である写真を思い出したのだった。
先ほど道具と一緒にまとめてしまったのだった。
荷物を解いて丁寧にそれを出し、中の写真も入っているか確認する。
「あ・・・・・・」
なんて間抜けなのだろう。
多少髪の長さや服やメイクは違っても、これは____アスランの婚約者であるラクスではないか。
キラは迷った。
この写真が挟まっている手帳を彼の両親に渡すものか・・・・・・
遺品なのだから、渡したほうが喜ぶに決まっているし、キラだってそのつもりで持ってきた。
だが、彼らはこの写真を見ればラスティが彼女に何かしらの思いを持っていたと思うだろう。
ラスティは両親にそれを知られたいと思うだろうか。
けれど、これは自分が持つべきものではない。
写真だけでも抜き取るべきか・・・・・・それでも、やはりこの写真を含めてラスティの思いなのだ。
・・・・・・死者は何も言わないから、どうしていいかわからないよ。
僕だったら・・・・・・死んだ後、この思いを誰かに伝えて欲しいとは思わない。
だけど、彼は僕じゃない。
どうすれば・・・・・・
とりあえず、手帳を軍服に忍ばせたとき、ちょうどプラント到着の知らせが入った。
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04.12.25
あとがき
降りたのはケイもキラも同じ。ケイは地球へ。キラはプラントへ。
次回は休日編。最後にはシンたちも出てくるかも。。。