巻き込まれる闇
帰ると聞いて、皆の緊張が少し緩んだ、そんな艦内。
トールたちの情報が入らないキラは隊長のパソコンならばもう少し情報がはいるのでは、と隊長の部屋に訪れた。
それでも対した情報はなく、がっかりしたところに、クルーゼが話し掛けてきた。
隊長室の中、キラはいつもよりも幾分迫力を伴った顔で眼の前の男を睨みつけていた。
しかしそこに少し拗ねた色も窺えて、どうにも迫力が半減してしまっている。
クルーゼはそれに苦笑して、パソコンの前に座っている少年を見下ろした。
「今、なんて言ったんですか。」
「君の誤解を解いてあげたのだろう。どうしてそう怒るのかね。」
「貴方が最初にもっと違う言い方をしていたらっ僕は間違いませんでした!」
その半ば叫ぶような声に、クルーゼが笑った。
そして、以前言った言葉をまた澱みなく繰り返し始めた。
「『もともと軍には女性が少なく、ヴェサリウス・ガモフではさらに少ない。
上官の夜伽相手には、総じて部下が指名のような形で命じられることが多かった。
恋愛ではなく、性欲の捌け口として。
もちろん、指名されたからといって絶対というわけでもない。
過去に断った者も少ないが存在する。どこをどう間違ったのか、あちらから寄ってくる場合もあった。
そうして、キラが入って最初に選んだのはアスラン・ザラ。別にお気に入りと言うわけでもなかったが、前のときに一番身体の相性が他のよりは良かったかな、と適当に決めただけだった』と聞いたのだろう?と言っただけだ。
そう、噂として聞いていたのだろう?」
「はい・・・・・・」
何せ、仮面というだけで怪しいクルーゼはその軍での功績もあって、随分と噂のネタにされている。それこそ根も葉もないものから、尾びれまでついて広まっているものもある。
「それは単なる噂であって、事実ではない。
だいたい、部下と寝ては要らぬ情を持つだけだ。・・・・・・まぁ、今はあまりないが、昔は性病もあったしな。大昔にどこぞの馬鹿な隊がそれで全滅したというまぬけな歴史もあったか。
それ以来、軍内でそういうことはおおっぴらにしなくなった。
裏ではわからないがな。特に捕虜の扱いについては・・・・・・」
「話をそらさないで下さい!
____って、あれ?でも、みんな間違った認識をもっていたようですけど・・・・・・
やっぱり貴方はその、他とは違ってしていたんじゃないんですか?」
訝しげにキラがクルーゼの顔を覗き込むが、その口元の笑みは変わらない。
やはり仮面の下に隠れている瞳の色が見えないのは随分不便だ。
目は口よりも多くを語る、と言われているように、目は大半はその人の状態を顕著に表すものだから。
「皆、君のように噂を信じているようだ。」
「え?」
「だが、彼らとは君のいう意味ではしていない。
単に部屋に呼んだのは、健康診断のようなものだ。
夜中ぐらいまで、少し話して、その者の身体と精神の特徴や状態を見極めるためのな。
どうしても『外』では皆、繕うものだからな。」
「え、でも、アスランは辛そうに・・・・・・」
「・・・・・・あれはまずかった。ベッドが変わったから腰痛なのだ、と聞いたので、マッサージをしたらどうにも力が強かったらしくてな・・・・・・まずいことをした。」
「え?え?でも、僕がそれらしいことを言ったら肯定してたじゃないですか?!」
「君があまりにも真剣だったのでな、つい・・・・・・」
「からかってたんですか?!」
頬を紅潮させているキラのその原因は怒りが半分、勘違いをしていた自分への羞恥が半分、といったところだろうか。
そんなキラを面白そうに観察していたクルーゼだが、ふと、その表情が、雰囲気が真剣みを帯びた。
「君は何事にも深刻になりすぎる。
____慎重と深刻は違うものなのだよ。
もう少し、リラックスしたらどうかね。アスランもそうだが・・・・・・君達は似たもの同士だな・・・・・・」
「・・・・・・」
キラはその言葉に思い当たることがあってか、俯いた。
そうして、眼の前が明るいな、と思えば、まだ立ち上がっていたパソコンが薄暗い部屋の唯一の光源だったことに今更に気付く。
「でも、そしたら・・・・・・」
ぽつりと、流れた沈黙をキラが破った。
けれど、その声は聞き取れるか聞き取れないかくらいに小さい。
「・・・・・・どうして僕とだけ寝たんですか?」
言ってすぐに、なんてあけすけな言い方だと思った。
けれど、今更に言い直すのも意識していると思われるようで、結局何も言えずに、キラは顔を上げないままクルーゼの次の言葉を待つ。
僅かな空白の後、いやにきっぱりとした声が部屋に響いた。
「君は『そういう』標的にされやすいと思ったからだ。」
「・・・・・・」
キラはその言葉に唇をかみしめた。長い前髪のせいで、上から見下ろしているクルーゼには気付かれていないと思ったが、それはどうやら間違いだったようだ。
「その分だと、標的になったことがあるようだな・・・・・・」
「・・・・・・どういう意味ですか。」
「君には他の者が持たない色がある。
その、古来から魔性が持つという瞳の色のせいかもしれないが・・・・・・
君は異性だけではなく、同性をも惹きつける魅力があるということだ。
そうして、君はこれからもしも_____人質として地球軍または反対派に捕えられて時に、レイプにあう可能性が充分にありうる。
そのときに、翻弄されるだけは嫌だろう。」
聞きたくない言葉が耳に流れ込んできたが、それを否定するにはあまりにも現実的すぎて、キラは言葉を紡げない。
ただ、以前にもそういう目にあいそうになったことを思い出していた。
そのときの感触が今も身体に残るようで、ぶるり、と身震いをする。
そんなひとつひとつのキラの仕草をじっと見ていたクルーゼは、
「私が対処法を教え込んでやろうと思ってね。」
口元は緩むことなく、厳しさだけが伝わってくる。
その言葉にキラは少し上を向いて、前髪の隙間から、クルーゼを見上げた。
「隊長が、ですか?
・・・・・・それは『上』からの命令なんですか。」
「さぁ・・・・・・」
そうしてその人は読み取れない笑みを口元に刷くのだ。
「でも、僕はまだ何も教えてもらってません。」
「まぁ、予定が大幅に狂ったせいでな。
だが、大分慣れただろう。
後は、君の場合は自分がその行為に飲まれる前に相手に薬を飲ませるタイミングを計るだけでいい。」
「僕の場合は?」
「君はどう見ても、わざとよがる演技はできそうにないと思ってね。
まぁ、自然体でも充分に惹かれたが・・・・・・」
「失礼しました!」
もう聞きたくないとばかりに、キラは足音も高々にそこを立ち去った。
隊長の前にしては失礼な行為だが、クルーゼはさして気にもしていないようだった。
ただ、楽しそうにその肩がいかっている背中を見送っていた。
*************
「どうだった?」
「まぁ、聞いたところでは結構空いている役割に当てられそうですよ。
本人たちはまだよくわかっていないようで、困惑気味ですが。」
爆発に巻き込まれていたものや、結局連絡のつかなかったものは大勢いた。
もともと大事にはしたくなかったので、地球軍もそう多くの軍人を送ってきたわけではなかったのもまた原因だが。
ただ運ぶだけならそれでもこの人数でなんとか乗り切れたかもしれないが、いまや後ろから追っ手がきている。
戦闘状態でこの人数はやばい、とはこの艦にいるどの軍人もが思っていることだった。
先ほどのヘリオポリスの戦いでも、随分とそのことで苦労したのだ。
ナタルの言い分はわかっても、それこそ猫の手も借りたいこのときに、規則云々はどうでもいいだろう、という雰囲気になるのは仕方ない。
規則だなんだと言う前に生死の問題に関わるのだから。
「やってくれそうか?」
「・・・・・・俺としては、あまり使いたくないんだけど、やってくれと言ったら、きっとあいつらやるよ。」
「って、使えっていったのお前じゃないか。」
「使えますよ、って言っただけです。」
「それは使えって言っているのとどう違うんだ?」
「間接と直接の違いですか?」
「お前、俺をからかってるだろ。」
「あ、わかりました?」
子供なのだ、と言い聞かせながらも怒っていたフラガの顔が、そこで一気に脱力した。フラガはどうにも怒りを爆発させるよりは、怒りすぎて脱力するタイプらしい。
それに加え、ケイの独特の落ち着いた雰囲気がそうさせているのかもしれなかった。
「まぁ、そういうことらしいよ。かんちょー。どうする?」
「そうね・・・・・・私としても、ここを乗り切るのが先決だと思います。
彼らにお願いしましょう。」
「マリュー大尉?!」
ナタルの驚いたような諌めるような声に、マリューはくるりと向く。
そこには真剣な表情があって、やはり人手不足をひしひしと感じていたナタルも渋々承知したのだった。蛇足であるが、戦闘の際に艦の装備を指揮する副艦長こそがむしろ、一番人手不足を感じていたのかもしれない。
「制服は余っていたのがあるだろ。あれ渡してやれよ。」
「わかりました。じゃあ、伝えてきます。」
こうして、戦争をただ遠巻きに見ているだけだった中立国の学生たちは、戦争に巻き込まれていくのだった。
己の望む望まないとは関わりなしに、人を巨大な力で巻き込むもの・・・・・・それが争いなのかもしれない。
だが、その争いとはやはり、人が起こしたものであるのだ。
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04.12.1
あとがき
すみません。銀とか白とかの闇は全然違う話として書いたため、設定や時間軸がおかしいです。
最近それに気付いて、少し修正をいれたのですが・・・・・この話の最初のキラとクルーゼの会話もそうだし。でも、そしたら余計変になったかも。だって、銀のとき、ガンダム持ってなかったのに・・・・・・すみません、あそこらへんはスルーしちゃってください。今更直しても話のそれ自体が変になるので。直さないんで。。(汗)ほんっとにすみません〜(><;)
あと、ケイの一人称が「俺」のはずなのに、何故か「導かれた闇」では僕になっててすみません。
もう、キラと混じっちゃって・・・・・・ミスばかりですみません。。。
しかももう、文章とかがこんがらがってる〜昔の文章の方が上手かったのでは、と思う今日この頃。
進歩どころか退化しているのか、自分?!