懐古する闇



「隊長、ギュレット隊から通信です。」
「何?」

クルーゼは仮面の下で眉をひそめた。
通信画面を開かせると、ギュレットが得意そうな顔でそこにいた。

「こちら、ギュレット隊。
実はですな、先ほどこちらのレーダーがある判別不可能な艦船を発見しまして。
あれが例のものでしょう。資料は先ほどそちらの副官からいただきました。
どうやらあなた方があれに追いつくよりも、私たちが待ち伏せして討った方が効率的なようだ。
例のものをおそらく上が待っているでしょうから、貴方方は一旦帰ったらよろしいかと。」

どうも表はこちらの応援をしてくれると言っているようだが、その笑いそうな表情に裏が見え隠れしている。
要は、手柄を自分だけのものにしたいのだ。
情報であちらにはガンダムが一機しかないことがわかって、どうにかできると踏んだのだろう。
確かにそれ相応の装備があるならば、あの艦船とガンダムを沈める事はできるかもしれない。だが、問題はパイロットの腕であり、そのパイロットは自分の隊員4人と互角に戦ったのだというのだから只者ではない。
但し、そんなことを眼の前の男に忠告してやる義理は無い。また、無能な部下を持っている、と勘違いをされるのも非常に不快だ。

「それに、ここら辺一体は我らが管轄の区域のはず。」

大人しく獲物を渡せ、ということらしい。
皮肉を言ってやろうとして、クルーゼはふと、彼の副官を思い出した。
タリアと呼ばれていたその女性はどうやら優秀だと聞いた。
隊長がこれでも、副官が優秀ならばそこまでひどいことにはならないだろうと、クルーゼはギュレットの言い分を飲んだ。
おそらく優秀な彼女でさえ、あのガンダムにはてこずると知っていながら。否、手柄どころか、汚名を晒すことになるかもしれないと思いながら。

「・・・・・・そういえば、あそこの隊員もアスラン達と同じ年がいたのだったな・・・・・・」
「いえ、おそらくひとつかふたつ下だと思われます。」
「ほう、詳しいのか?」
「・・・・・・あちらから情報を提供して頂いただけです。」

その苦々しいアデスの声を聞いて、コクピットのあちこちで苦笑が起こった。
どうやら、情報提供というよりは自慢話だったらしい。


















「_____よって、我々は脚付を追わずに、一旦プラントに引き返す。
プラントに戻ったら、おそらく次の指令が出るまで間が空くと思われるので、もしも誰かと過ごしたいのなら、通信しておくといい。
では、解散。」

クルーゼの姿が見えなくなると、あ〜あ、とディアッカが退屈そうに伸びをした。

「ギュレット隊ねぇ・・・・・・そういえば、あそこの副官は美人だったな。」
「ディアッカ、貴様馬鹿か?」

イザークは少し論点のずれているディアッカに眉をしかめた。イザークはイザークで折角の活躍のチャンスを奪われたことが悔しいようだった。しかも、多勢に無勢だったにも関わらず、逃げられたことを屈辱に感じているのだろう。

「あぁ?失礼だね〜他の隊の偵察も大事でしょうが。」
「そういうのを偵察と言えるのは貴様ぐらいだ。」
「そうか?だって、あの副官本当は隊長になる予定だったって噂、結構流れたじゃないかよ。」
「・・・・・・?」
「あ、それ、僕も聞いたことあります!」

ニコルが二人の会話に入っていく。そうして何か3人でその噂のことについて論じ始めた。
残りの二人は、と言えば、キラはそれを少し曇った表情で見ていて、そういったキラをアスランは気にしていた。
何か言いたそうなキラを察して、アスランは言う。

「・・・・・・キラ、あいつらだって、二人のことはショックなんだ。
だけど、考えまいとしてああやって騒いでいる。いつも以上に。」
「・・・・・・うん。そうだね。僕だけが悲しんでいるわけでも、憤っているわけでもない・・・・・・けど・・・・・・」

帰艦したあの三人を思い出す。
イザークは苛々として、何か八つ当たりめいたことをしていたし、ディアッカはいつものように振舞ってはいたが、どうにも口数が少ない。
ニコルはニコルで、笑っていたのは口元だけだった。

そう、人にはそれぞれの哀しみの表し方がある。
その哀しみすらも他人には見せないようにする者だっている。
だから、表面だけではその人が本当にどう感じているのか一概にはいえない。それはわかる。
けれど、ラスティとミゲルの死に顔や悲鳴を自分は思い出してやまないのに、どうして皆笑っているのだろうと思ってしまう。たとえ、それが作り笑いだとわかっていても、どうしても_____

「・・・・・・僕、部屋に戻るよ・・・・・・」
「キラ・・・・・・」

このままここにいれば、何か喚き散らしてしまうかもしれないと思った。
後ろでアスランの気遣う声が聞こえたが、無視をした。














キラは部屋に入ったとたんに、ドアを伝ってずるずると床に座り込んだ。
頭を抱えて、唸る。

「どうして、僕ってこう・・・・・・」

アスランだって、辛いはずなのに、自分は自分の感情を持て余すだけで精一杯で、何もしてやれない。
アスランは自分を気遣ってくれていたのに、自分はその気遣いを無駄にしていた。
皆、平気そうな振る舞いをしていて、自分だけが子供のように拗ねていたようで、どうにも自己嫌悪に陥ってしまう。

「『守る』なんて、誓っといて・・・・・・馬鹿だ、僕は・・・・・・」

ユニウスセブンのときは側にいてあげれなかった。
だから、今度こそは、と思っていたのに。
自分が気遣われるなんて、本末転倒も甚だしい。

いつだって、そうだった。
自分はいつも彼に心配をかけて、気遣われて、励まされた。
その半分も彼にはいまだに返せていないと思う。

幼い頃からずっと一緒に居て、当時どうも周りに馴染めなかった自分を引っ張り込んでくれたのも彼だった。
憧れだった。
いつも皆の中心にいて、それでもでしゃばることなく、皆に優しく接していた。
多少固いところもあったが、彼には確かに人を惹きつける力があったのだ。
自分もこうなれれば、と子供ながらに羨望を抱いたのも覚えているし、嫉妬したのも覚えている。

いつからだっただろう。

彼と、その他としてはっきりと認識したのは。
皆同じ友人で、確かにアスランは親友であったけれど、そこには境界線がすでに引かれていた。
何を引き換えにしても、彼は己の光であり、守らなければ_____と。

実際守られていたのは自分の方だったのに、そう思ったのを今でも鮮明に思い出せる。






「トリィ、トリィ」

甲高い声が部屋に響いた。
その声の元は鳥型ロボットだった。
それは部屋を一周飛び回ると、キラの肩に乗って、トリィ?と機械音で鳴きながら首を傾げる。
その仕草にキラは微笑んだ。
トランクの中に入れたまま、今までずっと封印していたものだった。軍人になるまで、アスランの側に行くまでは______願掛けのようなものだ。それに、士官学校でさすがに持っているのはまずいだろう。
ここに来てから多くのことがあって、すっかり忘れていてしまっていた。

「久しぶり、トリィ・・・・・・」

これはアスランから、二年前に別れる時にもらったものだ。
当時、こういったロボット制作が苦手だった(今も苦手だが)自分が作ろうとして、無理だとアスランにしかられたものだった。仕方なく、課題をクリアする無難なものを作った僕だったが、別れる際にアスランはそのときの自分の希望を忠実に再現した鳥型のロボットをくれた。
そのときのことを覚えてくれていたことが嬉しくて仕方なかった。
いくらアスランがロボット制作が上手いといっても、これだけの精巧なロボットを作るのにはかなりの歳月を尽くしたのでないかと思う。そこまでしてくれたことに、不覚にも涙が出そうになった。
実際、流れてしまった涙を前にアスランがうろたえたのを覚えている。

それからずっと、自分はこのロボットを持っていた。
学校に行くにも鞄の中に入れていたし、鞄の中にいれずともトリィは自分から離れまいと、ついてきた。

(トールたちはよくこれを興味深そうに見ていたっけ。)

くすり、とそのときの情景を思い出して、キラは笑った。

(皆・・・・・・どうしているだろう。)

そこで、キラははっと目を見開いて、飛び上がった。
肩で休んでいてトリィが鳴きながら揺れた足元から飛び立った。

「・・・・・・どうして、思い出さなかったんだろ・・・・・・」

そうだ。
トール達は無事なのだろうか。
あの地球軍の士官と余計に関わってはいないだろうか。
ちゃんと救難ポットに乗って、逃げただろうか。
ヘリオポリスは崩壊してしまったから、残っていたのなら_____

キラはそこまで考えて、さっと顔の血の気がひいた。

急いで、備え付けのパソコンと持参のパソコンを繋ぐと、二つのパソコンを立ち上がらせて、手をキーボードに滑らせた。
まるでピアノを弾くように滑らかに動くその手はいつもより焦りを帯びている。
二つのパソコンを駆使して、キラはヘリオポリスの救難情報を引き出そうと躍起になった。





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04.11.24



あとがき
キラのは恋心なのか・・・・・・微妙っすね。
題名とかまんまでウケるし・・・・・・(自嘲か??)
トリィ登場。そして予告していた題名と違・・・・・・汗。