導かれた闇
AAに帰る途中、ケイは崩壊しているヘリオポリスにうろうろしていたポットを仕方なく拾った。
それをヘリオポリスの外まで持っていきながら、手で抱えていたポットに呼びかけた。
「救難ポットの民間人に告ぐ。皆無事か?」
「こちら、救難ポットNO11。助けてもらったことに感謝す___うおっ___こらっ___
____ィ?ケイ?!」
中年の男の声が礼を述べる前に、若い男、否、少年の声が通信機から入ってきた。
聞き覚えのあるそれにケイは首を傾げた。
「あれ?トール??」
そこにまた、違う声が響く。
「トール、落ち着けよ!」
何かがぶつかる音がして、トールの叫び声が聞こえた。
「待ってよ!ケイが!!」
「え?ケイ?」
ミリアリアの声だ。
「・・・・・・」
どうやら助けたポットにはトールたちが乗っていたらしい。それにしても、通信機を横から奪うとは中々の根性である。
「何してんだよ!お前こそ、そんなの乗ってないで早く避難しろ!」
「っていわれてもね・・・・・・」
まるで事情のわからないトールならばこんなことを言っても仕方ないのかもしれない。だが、軍人が任務をほっぽって逃げるわけにはいかないのだ。
「ケイ!」
こんなものに乗っていても、自分が何者なのか疑わないトールに少しケイは笑った。
だが、それは嘲りの笑いではなかった。
「!」
突然、上から腕に何かが落ちてきて、ぶつかる。
衝撃が身体を襲い、しばらくしてコクピットの画面に腕に異常発生という文字が現れた。
ケイは己の初歩的なミスに舌打ちした。確実に脱出できるという油断と、思いがけない知り合いとの出会いに注意力が散漫していたらしい。崩れ落ちてきたコードを避け損なうなど、選抜パイロットともあろうものが、とんだミスだ。
____それとも、久々に彼にあったせいなのか。
どうやら腕が動かなくなったらしい。他はどうやら無事のようだ。
どこにどうぶつけたのか知らないが、こんなに都合のよい故障もないだろう。
しかし、これでヘリオポリスを出たらポットを捨てるということができなくなった。
「なんで民間人を連れてきたんだ?」
「腕の破損でポットを抱いていた腕が動かなくなってしまったのだから仕方ないでしょう。それとも腕を切ろとでもいうんですか。」
ケイは淡々と慇懃無礼に言い放ったが、フラガはそれに腹を立てるわけでもなく、頷いた。
「・・・・・・仕方ないか。」
フラガは意外にあっさりと退く。
どうやらケイに戦闘を任せっきりだったことを少々申し訳なく思っているらしい。ケイがフラガよりも年が若いので尚更にその傾向があるのだろう。
ぽりぽりと頭をかいて、フラガは横にいたマリューを見た。
「艦長、どうする?」
「そうね、ポットが大分痛んでいるから、宇宙にまた出すことはできないわね。
このまま乗せていくしか方法がないわ。」
「今更どうのっていう問題じゃなく、選択肢は一個しかないってことか。
民間人をほっぽりだしたら、いくら軍が力を握っているからといっても、抗議がくるだろうしな。」
そうぼやいたフラガにケイが畳み掛けるように言った。
「それだけならいいが、そこをついて、反対勢力が勢いづくかもしれない。」
確かにありえそうな話だった。今、勢力を持っている軍に難癖をつけるのはもちろん、非人道的だとかなんとかいって人民を煽ってくるだろう。
それは軍にとって非常に好ましくない事態だ。
「そういえば、工業カレッジの生徒がいるようですから、手伝ってもらったらどうですか。」
「民間人をかりだせって?」
「だって、深刻な人手不足でしょう。」
「ああ、あいつらのおかげでな。」
フラガは眉を寄せて唸った。
動員された人数の半数もこの船にはいないのだ。
それに加えて、もしもこれからザフトが追いかけてきたら戦闘になる。戦闘になれば、動員された以上の人手が本来なら必要なのだ。
「私は反対です。」
そこへ、引き締まった、いかにも軍人らしい口調の声が聞こえた。
ナタル・バジルール中尉だった。
青みを帯びた黒い瞳が鋭く煌く。
「いくら扱いに慣れているといっても、軍人として鍛えたわけではない民間人をこんな緊急事態に使っては混乱の原因になるだけです。」
「緊急事態だからこそ、じゃないのか?」
「いいえ。軍が規律を重んじるのは皆が同じように行動し、一切の乱れをなくすためです。
それなのに、その規律すらわからない民間人を起用するのは如何なものでしょう。」
「まぁ、そう固く考えなさんなって。」
気楽に言うフラガにナタルは冷たい一瞥を送った。どうにもこうして見ると対照的な二人である。
「・・・・・・では、大尉はどうお考えなのでありますか。」
「俺?そうだなぁ、今の状況を考えると、使ってもいいんじゃないかと思うぜ。はさみとナントカは使い用っていうだろ?」
「・・・・・はさみと馬鹿ですよ。」
ケイが冷静に突っ込み、フラガがわかってたが、気をつかって言わなかったんだ、と抗議した。
だが、ケイはそれを無視して、マリューに振り向いた。
「最終決断は艦長の権限ですけど?」
「まずはどれくらいの能力かを調べる必要があるし、その子たちの意志も尊重したいから、一概には言えないわ。」
「じゃあ、それは誰が調べることに?」
「技量は調べるまでもなく、お前が知っているんじゃないのか?」
フラガは会話に疑問を感じて、ケイに問い掛ける。
肩をすくめてケイはフラガを見た。
「僕はまだ転校してきて間もないんです。」
「だが、どこまで扱えるかぐらいわかるだろう。」
「専門的なことまで詳しくはわかりません。彼らすべてと一緒のコースだったわけではありませんから。」
「ふぅん。だが、調べるのはお前がいいんじゃないのか?他の奴らだと相手が緊張するしな。無駄に怯えさせたりしたらそれこそよくないからな。」
「知り合いですと、主観が入るかもしれませんよ?」
「軍人としてのお前なら大丈夫だろうよ。」
「どうしてそう断言できるんです?」
「さっきの戦いを見ていてそう思った。俺のこういう勘は結構当たるからあてにしてくれてもいいぜ。」
「当てにしないことにします。」
「おいっ」
「僕は他人の勘を当てにするほど、まだ人間を信じ切れているわけではないのでね。
ま、この年齢にあるよくいう人間不信ってやつです。」
「嘘付け・・・・・・」
呟いたフラガの声は完全に無視された。
**********
「ヘリオポリス崩壊か・・・・・・厄介なことになってしまったな。」
「申し訳ありませんでした。」
報告を終えて、クルーゼが皆を見渡した。
呟きに敏感に反応して出た謝罪の言葉に口元を上げた。
けれど、実際のところそれが本当に笑みなのかはわからない。顔の半分は仮面で覆われているからだ。
「いや、何も君たちを責めているわけではない。
厄介なことにはなったが、どちらにしろ奪ったのだから穏便にことが進むとは思ってないさ。」
「けれど、これでコーディネーターの印象は悪くなったようですね。」
「まぁ・・・・・・あちら側にとってはちょうど民衆の怒りを煽り立てるのに格好のネタだからな。
____だが、崩壊のそもそもの原因を民衆に伝えれば、それほどにはならないのだがね。」
そもそもの原因は地球側に密かに通じ、兵器を生産していたヘリオポリスにある。
確かに仕掛けたのはプラントだが、中立のはずのヘリオポリスが地球軍用に兵器を生産していたとすれば、少なくともヘリオポリス住民を政府が裏切っていたことになる。
そうすれば、プラントへの反感はもっと少なくてすむだろう。
しかし、地球軍側は証拠がないのをいいことに、情報操作をしてプラントが仕掛けてきたのだと、民衆に言うだろう。そうして憎しみを煽り、戦争賛同派をもっと増やそうと言う魂胆だ。
この遺伝子操作されたコーディネーターと遺伝子操作されていないナチュラルとの戦争は約一年半に及ぶ。
戦争がはじまる前は地球や宇宙に作ったコロニーで共存していた。しかし、共存時にもコーディネーターという存在に反感を持つ者は少なくなかった。
その最たるものがブルー・コスモスというコーディネーター排除を声高に叫ぶ過激派だった。
きっかけは一年半前、コーディネーターが多く住んでいたユニュースセブンにおける、地球軍部の核爆作戦。
それは見事に成功し、ユニュースセブンは砕けこそしなかったものの、大部分が破壊され、そこに生きていたものすべてが沈黙した。
その被害のあまりの多さに、そこにはいまだ埋葬されない死体や建物の砕け散った瓦礫が漂っている。引力システムが少しは働いているらしく、少し浮かんだ状態でそれらはもはや巨大な残骸と化したそこにいる。
最初こそ、調査部隊を派遣したり、埋葬の為の部隊を派遣したりしていたのだが、長引く戦争で人手と費用が足りずに放って置かれているのが現状だ。
話を戻そう。
そう、この後に”血のバレンタイン”と呼ばれることになるユニュースセブン核爆は地球軍側の宣戦布告なしの攻撃だった。しかも、攻撃地はまったく軍とは無関係の民間人住居。
コーディネーターの怒りは当然湧き上がり、かくしてコーディネーターとナチュラルとの戦争が始まった。
当初、数で勝っていた地球軍の勝利は当然のように思えた。
コーディネーターの幾人かの批評家達も冷静にそう、分析するものもいたくらいだ。
しかし、その予想は大きくはずれ、泥沼化した戦争が一年以上にも及んでいた。
ナチュラルは地球を本拠地に。
コーディネーターは巨大コロニー、プラントを本拠地に。
それぞれが政権をタカ派優位の状態で握っていた。
共存していた地域がどんどんとその二つの勢力に組み込まれていく中で、中立国と名乗るところも出てきた。
その中立国連盟代表国はオーブ。
地球の一部の国だが、そこは高い軍事技術を持ち、それがどちらかにつくかで戦争が片付くのではないかと噂されるほどだった。
だが、オーブは頑なに二つの勢力からの要求___半分はおそらく脅迫まがいだと思われるが____を跳ね除けてきていた。
一年近くも沈黙を続け、二勢力の圧力に耐えてきたオーブ。
味方にしようと躍起になりながらも、諦観の念がどちらともに出てきたように思えた矢先だった。
今になって、中立国を名乗っていたヘリオポリスが地球軍側に寝返っていたことがわかった。
地球軍の兵器をつくっていたというのは立派な加担である。
そして、ヘリオポリスが『そう』だったとすると、他の中立国も怪しい。
特にオーブは、裏で地球軍と繋がっているのではないかと思われた。
あれほどまでに情報収集が長けている(そのおかげで何度も二つの勢力は苦い思いをさせられたが)オーブがこのことを知らないはずがないからだ。
となると、コーディネーターはこれ以上に戦況が厳しくなる。
テレビでそんなことを状況説明するアナウンサーとそれを批評するコメンテーターがいた。
薄暗い部屋の中、それはぼんやりと浮かんで見えた。
「・・・・・・もう情報をつかんだんですか。早いですね。」
「そんなわけがないだろう。つかんだのではなく、つかまされたのだ。」
何故、とは聞かない。地球側が情報操作をしているのと同様に、プラント側もしている、それだけのことだった。
隊長部屋に訪れたキラはそれを一瞥して、手に持っていたものを渡した。
「頼まれていたプログラミング、終りました。」
「もう、かね?君は仕事が早いな。」
「・・・・・・ありがとうございます。
___それでは、失礼します。」
そのまま去ろうとしたキラをクルーゼは呼び止めた。
「一応確認しておく。ストライクは君がそのまま乗りたまえ。」
「はい。・・・・・・あの、ラスティとミゲルのご家族に連絡は・・・・・・」
「部下が行っている。残念だった。二人とも優秀な、未来ある者達だったのに。」
「・・・・・・これから、どうなさるおつもりですか。」
「それはこれからこのプログラミングとあちらの速度などを元に『話し合い』をして決めるのだよ。」
「けれど、この船はもうすでに追う進路を取っているではありませんか。」
クルーゼは薄く笑うだけで何も答えない。
キラはその態度に諦めたように目を伏せて退出した。
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04.11.17
あとがき
響きだけで打ったんですけど、ユニュースセブンでよかったっけ??まぁ、いいや。(適当・・・・・汗)