彼の硝煙の匂いのする手を愛すことがまるで償いのように・・・・・・
硝煙の手
石鹸で落とそうとしても染み付く匂い。
僅かな、本当に僅かな香り。
けれど、その香りに慣れた今ではさして問題にはならない。
日常では全く他人にはわからないだろう香りなのだから。
それは上品な香水を少し薫らせれば瞬く間に消えていく香り。
綱吉がリボーンの身体のパーツの中で一番何を愛しいと思うか、と言えば。
それは手だ。
本人に言えば、まず質問文章内の「愛しい」という言葉を否定するのだろうが。
「お疲れ様」
殺しの後に訪れる殺し屋。
殺した匂いが鼻につき、綱吉は眉を僅かにひそめる。
殺し屋といえば、そんな綱吉には当然気づいているだろうに、まるで気にしない様子で近づいてくる。
そういうことに敏感な綱吉を慣れさせようとしているのか。
それともこういう世界だと見せつけようとしているのか。
それでも少しは気を使って、申し分程度に清めてくるだけましなのかもしれない。
そうして来たリボーンにまず、綱吉は困ったように笑いかける。
自分が依頼した殺しなのに、それを実行したリボーンに感じてしまう恐怖があるらしい。
慣れることなく、いつも彼はぎこちなく、笑いかけるのだった。
それから、またいつも以上に口数の少なくなる殺し屋ときっちり目を合わせて、その漆黒の瞳の感情をなんとか読み取ろうとする。
ガードされた感情にはさすがに切り込めなくて、再び苦笑して、綱吉は今度はリボーンの手をとる。
そうしてまるで騎士が姫に誓うときのように跪いて、そっと、壊れ物を扱うようにリボーンの手にキスをする。
それを闇よりも深い瞳はじっと見つめるのだった。
彼らにとって、もうそれは習慣。
あるいは儀式と呼んでもいいのかもしれない。
闇夜の中、ひっそりと月明かりないしは星明りで浮かぶシルエットは美しく。
とっくに全身血なまぐさいはずの彼らは誰よりも清らかに見えて。
例えば罪というなら、その「絵」こそが罪なのではないかというほどに。
全身黒いはずの彼らはその一瞬だけ真っ白になる。
「怒ってもいいよ。」
その儀式の後、必ず綱吉はこう言う。
己の儀式めいた行為がヒットマンとしてのリボーンの矜持を著しく傷つけていると思うのだ。
俺を抱きしめる手。
俺を守っている手。
引き金を引く手。
人を殺す手。
彼の手にはこれ以上に形容詞がつくだろうけれど。
まるで守るために殺す手を癒すように。
それは結局偽善で、気休めにしかならないものかもしれないけれど。
自分だけが勝手に過敏に執着しているだけだけれど。
それでも。
彼の手を愛すときはそれこそ敬謙な教徒のように。
まるで聖なるものを扱うように。
恐る恐る触る様は異様であって。
それでもその綺麗な光景に目を奪われて。
主であるはずの彼があの人だけの前では跪いて。
許しを請うようにその手に口付け。
そうしてそうして。
苦しそうに笑うのだ。
ああ、いっそのこと、世界を罵ればいいのにと思うほどに。
多くの何かを耐えた表情。
洗っても洗っても消えない香り。
消してはいけない香り。
彼が扱うのは銃だから、硝煙の匂いが強い。
けれど、その奥の、硝煙の奥の、血。
決して消えない香り。
それが選んだ道であり、歩む道であり、これからの道でもある。
後悔はしない。
だけど、哀しむくらいはいいでしょう。
得たものと失ったものと、天秤にかけるのは簡単で。
けれど針がふれて止まるのは難しく。
まるで彼の手を愛すことで償うような、こんな自分をいっそ詰ってくれ、と綱吉は思うのだ。
「そんな顔、してんじゃねぇよ。」
くしゃりと上から髪をかき上げる手は柔らかく。
泣きたいくらいに、優しい。
05.8.26
怒ってもいいと思うけれど、その言葉にほっとする自分がいるために__できない。
誰も彼もが畏怖する手にキスする君は純潔の乙女のように。
けれどお前が頭を下げるのは俺だけでいい。