「本当に大切なものは目に見えず」
「くだらないものばかりが目を覆う」
夏の夜
星が瞬く間
月が雲に隠れる間
虫たちが歌う息を吸う合間
昼の明るさはなりを潜め
夜の暗さとあいまったその目は
マフィア界の闇を映していた
むりにいうことをきかせようとしてはいけません
陽炎がゆらぐアスファルト
必要以上に照らす太陽
悲鳴のような蝉の声
「ディーノさん」
「どうした?飛行機遅れるぞ。」
「・・・・・・」
夜の顔をすっかり隠して
あなたは軽やかに笑う
まるで恋人とのデートを心待ちにする若者のように
重厚な部屋に二人、ボンゴレとキャバッローネのボスが顔を突き合わせている。
夜も更けて、月も真上に上がってしまった。
「ディーノさん」
「そんな困った顔で頼んでもだめだ。ツナ。
マフィアなら、情に訴えるだけでなく、情報を使え。
双方の利害関係を読め。
利害が一致するときにしか、多くの協力は見込めないぞ。」
「キャバッローネにも利点は十分あると思うのですが・・・・・・」
いつもの兄貴分のような表情が揺らいで、時折ボスの表情が見え隠れする。
その厳格な表情に、まだボスになったばかりのツナは憧れと畏れを抱く。
ボンゴレの管轄とキャバッローネの管轄のちょうど間で横暴を働いているという新興マフィアに
ちょっと挨拶に行こうということだった。
挨拶という名の牽制であることは間違いない。
ただ、ボンゴレの問題だけでなく、明らかにキャバッローネの問題でもあるのに、
ディーノは珍しく首を縦に振らない。
「・・・・・・わかりました。では、俺一人で行くか・・・・・・エンマくんと一緒に行くことにします。」
「エンマと?」
「シモンファミリーの管轄も近いので。」
「・・・・・・」
弱小と言われていたシモンファミリーだが、現在はその勢力を増してきている。
継承式での騒ぎが奇しくもシモンファミリーの強さを多くのファミリーに示したことになる。
だが、ボンゴレとシモンの関係が微妙なものになったこともその騒ぎが原因であるが、
肝心のボス同士は誤解も解け、なかなかの親交ぶりである。
「ツナ、それは、俺へのあてつけか?」
キャバッローネとは同盟を結び、10代目を継ぐまでかなりの親交があったボンゴレだが、
継承式の騒ぎ以降、ボンゴレとシモンの結びつきの強さにやや押され気味であることは
大抵のマフィアなら知っていることだ。
だが、その微妙なマフィア事情と、マフィアの体面というものをまだよく理解していない
ツナは簡単にそういうことを言ってしまう。
リボーンが側にいれば、もっと話をややこしくしていただろう。
「え?そ、そんなことはっ・・・・・・」
「そんなことを言われれば、従うしかない。」
「そんなつもりは・・・・・・俺一人で行ってもいいんだし」
「シモンは、ついていくだろうな。」
親交の証として。
キャバッローネよりもさらに近づくチャンスとして。
「ツナもなかなか、マフィアのボスっぽく無理やり従わせることができるようになったじゃないか。」
ディーノは笑う。
夜の闇とマフィアの闇がその笑みを飾る。
ツナの前では絶対に見せなかった、マフィアの笑み。
「ディ、ディーノさん?」
「もう、「さん」もいらないかもなぁ」
ディーノがツナの顎を捉え、くい、と目を合わさせた。
背の高いディーノを見ると、自然とツナの顔は上向く。
カーテンのしていない窓から月光が降り注ぐ。
窓を背にしたディーノは真っ黒に染まり、金髪の端だけがきらきらと光った。
「ディーノさ・・・・・・」
呼ぼうとした唇にディーノの人差し指が当てられて、ツナは思わず口をつむぐ。
当てられた人差し指が閉じた唇の形をゆっくりと辿りだした。
まずは、下唇。
そして、上唇。
上唇と下唇の谷間を丁寧に辿る。
その指使いになにか感じたことのないものを感じて、ツナは背中を震わせた。
それからディーノの指は頬を伝い、顎から顔のラインを辿って耳に。
耳のラインをそっと、まるで割れ物でも扱うかのように指を這わせる。
「あ、あの・・・・・・」
また何かを言いかけたツナを目で制して、
視線は離さないまま、指だけを動かす。
耳を辿った手は頭のラインに沿って、ツナの後ろ頭を支える。
そして、目の前の緑の瞳がどんどん大きくなっていった。
あまりにもその瞳が深くて綺麗なので、ツナは見とれた。
その行為が何に繋がるかもわからないまま。
月が照らす黒い男が二人。
月の光の隙間も入らぬほどに密着していた。
一人はただただ、何も分からぬまま。
一人はまだまだ、何も伝えられぬまま。
「時折、お前を殺したくてたまらないときがある。ツナ」
息を呑む音。
それにディーノは笑う。
哀しそうに、楽しそうに、苦しそうに、嬉しそうに。
「どうしたら、この衝動は消えてくれるのかな。」
驚いた茶色の瞳は、それでも緑の瞳を忠実に映している。
もう一度、というように緑の瞳は近づき、それでもことを為さないまま離れていく。
「なんで、ほんとうに、」
苦しそうに緑の瞳は揺れる。
「大切なものだけを映してくれればいいのに。
他のくだらないものばかりが映って、大切なものが埋もれてしまう。」
「ディ・・・・・・」
大きな手がツナの口を塞ぐ。
緑の瞳の揺れはどんどんと大きくなる。
「言うな。何も。
どうせ、それは俺の望まない言葉で、そして、現実だ。
そんなものを聞くくらいなら、お前の手で死ぬ。」
力のこもった手がツナの手を掴み、ディーノの心臓部を鷲?みするように置かれた。
茶色の瞳は目が零れんばかりに見開かれて、瞬いた。
それから、力なくディーノの手がツナの口元と手から滑り落ち、緑の瞳は閉じられた。
ツナの手がディーノの頬に置かれ、それから、その手が目を覆う。
緑の瞳は光を失って、見開かれた。
「大切なものはきっと、こうやって目を覆えば浮かんでくるよ。
ねぇ、ディーノさん。
俺は難しいことはよくわからないけど」
夏の夜
星が瞬く時
月が雲から現れた時
虫たちが歌う息を吸う時
昼の明るさはなりを潜め
夜の暗さとあいまったその目は
マフィア界のたった一人の青年の瞳を映していた
2010.07.24
リハビリも兼ねて。
ディーノさんだって猛獣候補です。