別にあいつが好きなわけではない。

だが、白夜叉に執着する自分も知っている。
白夜叉は特別だ。
あれは人間ではない。天人でもない。

人を喰らう夜叉だ。

銀色の髪をに白いハチマキをたなびかせ、白い着物に白い羽織、黒い鎧をその中に隠して。
誰も寄せ付けない、刀身のようなその姿。
瞳は紅。
その瞳を見たものはメディウサに見られたときのように固まり、その身を夜叉に捧げるという。
戦いのさなかにそんな様を見せ付けられれば、誰だって憧憬するだろう。
あの目に射抜かれて平気だった奴を知らない。
死と生を彷徨う自分たちを容赦なく貫く、強い光。
あの目に貫かれて幾度死に、幾度蘇ったか。

夜叉に何度喰われかけたことか。

















「晋助は白夜叉のことを考えている時がすぐわかるでござるな。」

伊東が失敗してしばらくたった日のことだった。
あれから話さなかった万斎が珍しく声をかけてきた。

「何?」
「一番機嫌がいいときと、一番機嫌が悪いときでござる。」

その言葉に何か感じるものがあったものの、晋助はふん、と鼻で笑うだけに留まった。

「お前も見てただろうよ。紅桜と戦うあいつをよぉ。まさに鬼神よ。
あんな化け物相手に勝てるのはあいつくらいよ。」
「嬉しそうでござるな。」
「くくっ白夜叉を見れるたぁ、こんな嬉しいこたぁねぇ。
てめぇも伊東のときにあいつと殺って見たんだろう?夜叉を。」
「・・・・・確かにむちゃくちゃでござったが・・・・・・」

夜叉という言い方はあまりにも当てはまらない。
いわばガキ大将のような無茶っぷりが、必死さが、見ていて心地よかった。
夜叉というにはあまりにも人間味を帯びすぎていた。

「・・・・・・酔っ払いの鼻歌でも、なかなかに聞き応えがあったでござる。」

紅桜のときのような研ぎ澄まされた、まるで雨が石を打つような静かな音でなくとも。
鼻歌はいやにすがすがしくて、思わずその手を緩めた。

「・・・・・・てめぇも最近銀時を考えている時が丸わかりだな。」
「そうでござるか?」
「一番穏やかな顔してる時だ。」

先程の意趣返しのつもりなのか、それとも本当にそう思っているのかは判断がつきかねた。
しかし、もしもそれが本当だとしても万斎はそうかもしれないと思った。
何も言わない万斎に焦れたのか、晋助は舌打ちをして立ち上がった。

「どこへ行くでござるか?」
「女」













その日は妙に女の笑い声が耳に障った。
だから、いつもは夜明けまでいる茶屋を後にして、雲の多い夜空を見上げながら歩いた。
空は目隠しされたようにゆらゆらと揺れているように見えた。
それにつられて自分もまるで揺れているかのように思えて、ふと足を止める。
酒にはそれほど弱くもないのに、くらくらする頭を自覚する。
ふらふらと川辺に足をつっこんで、酔い醒ましついでに三味線なんぞを弾いてみる。
酔っているはずのその手は普段よりもなめらかに動き、驚くほどに澄んだ音が響いた。
それに引き寄せられたのか、蛍が一匹寄ってきて、目の前をゆらゆらと飛び始める。

「雅なことでぃ・・・・・・指名手配犯さんがねぇ」

声が聞こえた瞬間に、四肢が頭からの信号を待たずに飛び跳ねる。
左手にしっかりと三味線を握って、右手に当たり前のように刀を握る。
軽く、しかしそれなりの力が込められて振り下ろされた刀を切っ先で交わして、胴を狙う。
それに相手が怯むかと思えば逆に踏み込んで、刀を軽やかに跳ね飛ばした。
跳ね飛ばされたことで僅かに反応が遅れた酔っ払いに、これまた軽やかに刀の切っ先が触れる。
またたくまに左手が血に染まるが、その三味線はしっかりと握っていた。

「雅なことでぃ・・・・・・三味線を持って死になさるかぃ」

酔っ払いは何も言わない。
ただ目の前でゆらゆらと蛍の残像だけが目にチカチカと残っていた。
切っ先がそれこそ蛍の残像よりも確かに目の前に迫る。
それを刀の柄で弾いて、流れるような手つきで相手の手首を狙った。
察した相手が手首を捻るが、若干間に合わない。その白く細い手から僅かばかりの血が流れた。
それに眉根を寄せた酔っ払いに相手は少し違和感を感じる。

「おい」

話しかけた瞬間、酔っ払いは酔いを感じさせぬほど身軽に闇に駆けていった。
残された若者はただ、嫌いな男にまた何か言われるな、と自分の手をぺろりと舐めた。

「なんだか、よくわからねぇ野郎でぃ・・・・・・」
















血の匂いが鼻につく。
どうして世界はこんなにも狭いのだろう。
店と店の狭い隙間。
それこそ野良犬の一匹や二匹いそうな路地。
そこに見たくもないが見慣れた顔がいた。

「何、俺の前で倒れてるわけ?同情でも誘ってんの?おいおぃ勘弁してくれよ。
今日はお天気ねぇさんがせっかくいつもより長くやってくれて上機嫌だってのによぉ。」

がりがりと白髪をかく男はしぶしぶという感じで手を差し伸べる。

「てめぇの為じゃねぇかんな。ってかてめぇ俺の前に現れたら切るっていったろうが。
それなのに、さっさと切られやがって。俺の斬る幕がねぇじゃねぇか。」

わけのわからないことを言いながらも、差し伸べる手は慎重だ。
先程から空を覆っている雲が厚くなって、今では少しの雨を落としている。
左手の失血は今はそれほどではないだろうが、雨が降ればもっと出血してしまうだろう。
深くもないが、浅い傷でもない。
昔の経験からそう判断すると、男は三味線を片手に、もう片方の肩に酔っ払いを持った。
今日は幸か不運か、居候の娘もいない。
家に運ばない理由がないわけだ。

「俺っていい人・・・・・・」

そう呟きながら、自称いい人はずるずると男をひきずる。
男は意識はあるだろうに、ただただ黙ったまま、なされるがままに、連れて行かれ、手当てを受けた。
黙って手当てを受ける男に自称いい人_____銀時が目をまるくする。

「珍しいなぁ・・・・・・お前がこんなに静かなの」

まるで昔に戻ったように言った。
それは相手にあの荒んだ瞳の色がなかったせいかもしれない。
ただ、虚空を見ている。

「蛍・・・・・・」
「ん?」

傷ついた左手で三味線を引き寄せると、ぎこちなく右手で弾きだした。
三味線を弾く高杉を見るのはとても久しぶりで、銀時は目を細めた。
ぎこちなく動く右手の割りに音色はしっとりと綺麗に流れる。
それははるか遠くの星の瞬きや、山奥の川のせせらぎにも似ていた。
銀時はじっと高杉の手を見つめていた。
高杉の瞳は相変わらず虚を映しているだけだ。

「・・・・・・蛍、見てたのか。」

先程の呟きをふと思い出して、銀時は問う。しかし、高杉はそれに応えない。
銀時は戦争のもっと前、松陽先生に見せてもらった蛍を思い出していた。
あのときの風、星、月、虫の音、蛍の光、先生の声。
目を閉じれば三味線の音が過去へと誘う。
三味線は男の心情を何よりも雄弁に語っているのだ。

もう、戻れない
戻れない過去
人は誰でも過去を持っていて、過去という地面に立って、未来という星空を見上げいてる。
おそらくは高杉の過去というものは先生で成り立っていて
その先生がいない今
地面は崩れて真っ逆さまに落ちた彼は
はるか遠くに見える星空が豆粒ほどにしか見えず、崩れた地面を一生懸命かき集めたのだ。
その崩れた地面が戻らないことを知った彼はきっと、そう
崩れた地面すべてなくしてしまいと考えた。
地面が初めからなければ、こうやってかき集めることもしなくてよい。
豆粒ほどの空しか見えないなら、この地面を叩き割って空すべてをなくしてしまおう。
どうせ届かない空なら。

「・・・・・・」

さら、とその手触りのよい黒髪を梳く。
銀時は胸にナイフを突き立てられたように、顔を歪ませていた。
けれど、高杉が銀時を見上げる頃にはそれは笑顔になる。
随分と哀しそうな笑顔だが。

「何故、そんな哀しい顔をするんですか。」

高杉が言う。
まだ焦点が合っていない。
銀時は困ったように笑う。
勘違いだ。

「・・・・・・晋助」

けれど、甘い声で囁いてやる。
あの人の声を思い出して、なるべく似るように。
蛍の夢を、壊さないように

「・・・・・・鬼・・・・・・」

高杉はぽつりと言った。
焦点が合い始める。

「先生を、食らった鬼」
「・・・・・・」

虚をつかれたように銀時の瞳が大きく開き、そして、閉じられる。
拳が握られる。それは震えていた。
蛍はもう、いなくなった
光はもう、俺たちを照らさない
闇はもう、そこまできていた

「銀時、何故俺たちがこうしておめおめと生きている。
何故、こうもこの世は不公平なんだ。
何故、まだ世界は日を浴びていられる?」
「高杉・・・・・・」
「俺は赦せない」
「高杉」
「なぁ、お前も本当はそうなんだろう?」
「高杉」
「いや、違うか。
お前は夜叉。血を求め彷徨う夜叉。戦いを求めるだけか。」
「違う、高杉」
「夜叉は人間どもを食らい尽す」
「高杉!」
「俺とお前のどこが違う。結局やることは一緒じゃないか。」
「高杉!!」

銀時が無理やり高杉を立たせる。
三味線が音を立てて高杉の膝を滑り落ちた。
漆黒の瞳と紅の瞳がぶつかり合う。
ひとつは狂気を、もうひとつは憤怒を

「触るな」

高杉が銀時の手を振り払い、三味線を拾う。
三味線は今度は歪な音がした。先程の落としたことが原因だろう。
それはまた、二人の関係を表しているようで、銀時は眉をひそめた。
歪な音を出しながら、それでも高杉は奏でる。
これが真実だとでもいうように。

「夜叉は夜叉。
人じゃねぇんだよ、元々。」

高杉特有の喉で笑う声だけを残して、高杉は去る。
歪な音色だけが、残った銀時に高杉の思いを告げた。
思わず耳を塞ぐが、それでも歪な音色は聞こえてくる気がした。
いつまでもいつまでも聞こえるようで、銀時は目を瞑り、身体を縮める。
その格好は昔、松陽先生に「鬼」の話をされて、怯えていた子供の頃そっくりだった。











08.04.30
あとがき
はい。ちょっと前の文と後の文がちぐはぐな感じがしますかね。
すみません。なんか、ノリで書いたので(;_;)