誰も知らない夜道を歩く
聞こえてくる音がすべて遠く感じた
何故か心臓の音が大きくて
そして、見えるはずのない幻影を見た
幻影
「高杉・・・・・・」
「銀時じゃねぇか。」
「指名手配犯がこんなところにいていいのかよ。」
「てめぇこそ、こんなはずれた道になんで来た?」
「・・・・・・月が・・・・・・」
「月?」
そうして空を見あげる。
そこには見事な大きく丸い月が居座っていた。
周りの星の存在すらも許さずに美しく光っていた。
ただし、その色は限りなく真紅に近い。
銀時の瞳の色に少し似ていた。
「・・・・・・落ちてきそうな月だ。」
ぽつりと、高杉が呟いた。
相変わらずその唇は物騒な弧を描いている。
高杉の方を見ずに銀時はさらりと言う。
「そしたら、みんな死んじまうなぁ。」
目を細めて、いつもよりも眩しい月を見上げて銀時は笑った。
その笑いはいつものような馬鹿みたいな笑いでも、自嘲でもなく、ただ、淋しそうだった。
高杉はその横顔にふと妙なわだかまりを感じた。
わざと、月を見上げて銀時の方を見ずに言う。
「・・・・・・いいのかよ、てめぇは。」
「ん?」
銀時が高杉の方を向く。
月光が銀髪の軌跡を作り出して幻想的だ。
先程までの淋しい気配はなく、ただいつものように銀時はだらしなく笑っている。
着崩した着物に差し込んだ手がぶらん、と揺れて、同時に腰にさした木刀も揺れた。
その木刀の茶色の軌跡は僅かばかりの空気を揺らす。
「・・・・・・最期が、俺と一緒でいいのか。」
見開いた紅の瞳。
何か言おうとした唇が開かれて。
音を出そうと空気を吸う。
そこから出る音を遮るために、高杉は振り返る。
物騒な、何もかも拒絶した嗤い方。
答えが肯定でも否定でもおそらく自分は満足しないことを高杉は知っていた。
そんな答えはいらないのだ。
今更聞いたとて、意味がない。
ならば、何故問うてしまったのか。
「・・・・・・今夜、ここに来たのはよぉ・・・ホント、綺麗だからさ、月。」
赤い赤い月を見ていたら、どうにもいてもたってもいられなくて、万事屋を出た。
やかましく鳴る電話の音からも逃げるようにいつもより足早に階段を下って、酔っ払いの声がうるさいスナックお登勢を通り過ぎる。
ネオンがうるさい歌舞伎町の中で、それでも赤い月はよく見えて。
銀時はすべてを振り切るように下を向いた。
それでも、赤い月の光が自分を真っ直ぐ貫いている気がした。
馴染みになってしまった真撰組の顔をいち早く見つけて、気づかれる前に違う道を選ぶ。
それから、どこをどう歩いたのか、いつのまにネオンの届かない場所まで来てしまった。
「ほんと、綺麗でさ・・・・・・」
「血の色にでも見えたか?銀時ぃ」
ば、と振り返る銀時の瞳は月光だけではない光を灯して紅に見えた。
しかしすぐにその光は消えて、茫洋としたつかみどころのない表情に戻る。
それに密かに舌打ちをして、高杉は手に持っていた煙管を吸った。
その煙を目で追いながら、銀時は思い出すように目を細める。
「そう、かもな・・・・・・」
「人を斬った感触でも思い出したか?」
「・・・・・・そう、かも、しれねぇ・・・・・・」
「表面の血は乾いてとれるかもしれねぇ。だが、その染み付いた死臭と血の臭いはいくら洗っても落ちやしねぇ。」
「・・・・・・わかってらぁ。ばか杉」
「わかってねぇから言ってんだろ。苦しいんだろう、銀時。」
「うるせぇ」
瞳を閉じて、銀時は目を逸らす。
それは肯定と同じだ。
「苦しい、苦しい、苦しい。胸の中のもやがとれねぇ。胸がざわめく。
特に、こんな夜は。」
「うるせぇよ。」
「夜叉の血が疼くか。銀時よぉ。」
「うるせぇっ!」
煙を吐き出して、高杉は喉で笑う。
銀時は肩で息をしていた。
だらしなくぶらぶらさせていた手が今は強く握りしめられている。
腰に差した木刀が最後の抵抗を示しているようで、高杉は目を眇めた。
「刀も捨てた。
仲間も捨てた。
過去も捨てた。
その先が、その薄汚い木刀か。」
「何が言いたい。」
「嘘つき。」
「何・・・・・・」
煙管の煙が邪魔をして、高杉の表情がよく見えない。
白い煙が淡い赤い光を反射していた。
「てめぇは俺と同じだ。
壊してぇ、何もかも。
未だ獣を飼っているってんなら、その獣を檻から開放しちゃどうだ?
どうせ、獣は死にやしねぇし、いなくもならねぇ。
てめぇが生きる限り、いつだってそこにいるぜ。」
「・・・・・・」
「俺は過去に囚われている。
だが、それで構わない。
希望のある未来よりも絶望のある過去を選ぶ。
それが俺の生きる糧であり、理由だからだ。
だが、お前は未来を見ているようで過去の影を時折その身に纏う。
なんとも優柔不断じゃねぇか、おい。」
「・・・・・・そんなこたぁ、ねぇ。」
いつもならはっきりと言えるはずの言葉が、どこか遠い。
赤い光が心臓を貫いて、その中のすべてを引きずり出してしまいそうだ。
何も、感じないように瞼を強く瞑る。
「苦しい、苦しい、苦しい。
見苦しいぜ、てめぇの生き方は。」
「・・・・・・苦しいぜ。それが、どうした。」
「もっと、正直に楽に生きればいい。
別に俺と来いとは言わねぇが。」
とても面白いものを見たかのように高杉は笑う。
銀時はざわつく胸を押し殺して言った。
「見苦しくても、かまわない。
俺は、俺の信じる道を行く。
苦しくたって、俺は____」
松陽
忘れるものか
忘れられるものか
けれど、その人の思いがわかるから
わかったから
そして、それは俺の思いと重なって強くなったから
ふと、高杉の紡ぐ煙の向こう。
そこにいるはずのない人を見る。
赤い月を浴びて、温かい微笑を浮かべて。
あの頃と同じように。
人ごみを避けてきたのは何故だ。
人気のないこの場所に来たのは何故だ。
胸騒ぎを押し殺したのは。
酒に溺れようとしなかったのは。
全部、全部、そう
この人を探そうとしてしまうからだ。
ありもしない幻影を見てしまうからだ。
追いかけてしまいたくなるからだ。
赤い、赤い月。
あの人が死んだ晩も確かこんな赤い月の晩。
その下に幻影を見たのは密やかな思い出。
だから。
「俺がてめぇにかまいたくなるのはよぉ、銀時、てめぇが俺と同じものを追っている時があるからだ。」
「・・・・・・」
「無意識に、な。」
07.09.30
あとがき
突発的感情によりできたもの。
なんとなく、書きたくなったんです。