「銀時、何故お前がここにいる?」
「なんでもいいだろ。別に。」

笑った
嗤った
ちょうど今日のような少し蒸し暑い日だった







肌と蝉と、雫と








ひやりと、手の先が熱の低下を感じた。
汗のせいで冷えた肌に空気が触れたせいだ。

「・・・・・・」

からり、と玄関の引き戸を開ける。
むわっとした湿気を含んだぬるい風が吹き抜ける。
音を聞きつけた男がどたどたと足音を隠さずに向かってくる。

「なんじゃ?連絡してそう経っちょらんが、早いのぉ。」

にやにやと笑って、目の前の男はその暑苦しい髪をかいた。
姿が見えないもう一人を自然と目が探した。

「高杉か?なんでも隊の編成とかで本部に出かけちょう。」
「そうか。他は?」
「感染すると困るきに、皆本部じゃ。忙しいしのぉ。
ヅラが来たち、わしゃ本部行くぜよ。まだ急ぎの用事あるきの。」
「桂だ。ああ。俺は全部終わらせてきた。」

辰馬と入れ違いで桂は家の中に足を踏み入れる。
誰もいない中はいつもの騒がしさのせいでやけに静かに感じられる。
熱の苦しさにうなされているであろう家人の気配は今は最大限に無防備な形で感じれる。
ぎし、ぎし、と廊下を鳴らしながら、目的の部屋の襖を開けた。
その瞬間にぴたり、と喉に刀を突きつけられるほどの殺気を感じる。
いつもは足音や気配で誰かわかる銀時がそれができないほど弱っている証拠だ。

「銀時」
「・・・・・・ヅラか・・・・・・」

何故、幹部のはずの桂や辰馬が世話をしているのか。
理由は銀時の風邪時の行動にある。
風邪のときは親しい人間以外側に寄せ付けないのだ。
うっかり側に立とうものなら、その殺気に当てられて、仲間に発見されたときには無様な姿を晒してしまうことだろう。
つまり、その殺気に当てられても平気な人間で、かつ銀時が大丈夫だと思う人間だと世話ができないわけだ。
そう思うと桂たちに会うまで、銀時はどうやって熱を出したとき過ごしたのかが気になったが、それを聞いても誰もが顔を青ざめるだけだった。
相当酷かったようだ。
もしかしたら、1人くらいその気に当てられて狂ったのかもしれない。
しかし、それぐらい手負いの銀時は荒々しい。

「珍しいな。お前が熱を出すなど。」
「・・・・・・」
「怪我の副作用としての熱ならまだしも、風邪など。普段の鍛錬が足らんからだ。」
「・・・・・・」

ぐちぐちと責める桂に反抗する元気もない銀時はげっそりと顔を背けた。
しかし、桂はその間にも銀時の枕元においてある水の入ったたらいで額のタオルを冷やしなおしている。
それから、そのたらいの水も汲みなおして、銀時の乱れた布団を整えた。

「飯は食べたのか?」
「ああ・・・・・・まずかったけど。」
「・・・・・・言ってやるな・・・・・・坂本は味付けが破壊的だからな。」
「・・・・・・高杉の野郎が・・・・・・出て行く前、すっげぇ・・・うぜぇし。」
「・・・・・・お前が熱出して喜ぶのはあいつと坂本くらいだな。」

坂本はいつも生意気な銀時がおとなしくなるのが楽しいらしく、やたら風邪の時はかまいたがる。しかし、それでも子ども扱いしながらも優しく看病するので、特に害はない。
問題は高杉で、どうやら銀時が発する一瞬の殺気が好きらしく、散々銀時を言葉やらなんやらで攻める。肉体的疲弊に基づいた精神的防御の低下のために、銀時はいつもなら受け流す言葉に敏感なのだ。
こちらは性質が悪く、銀時は風邪の時は高杉が側にいるのは許すものの、よい顔をしない。当然だ。
しかし、それも高杉がある程度満足するとそれからはあまり害がないようだが。

「汗びっしょりだな。身体拭いてやろうか?」
「いや、いい・・・・・・自分でやる・・・・・・着替えと、タオルと水・・・・・・」
「ああ」

銀時の部屋を後にして、水を汲んでいると、蝉の声が聞こえた。
夏も終わり、残暑の中、それでもまだ蝉が鳴いている。
最後の最期の力を振り絞り鳴くそれは耳をふさいでも聞こえるほどに強烈で、不思議と力強い。
自分の存在を主張しているようで、ふと、自分たちの姿に重なった。
庭に落ちている蝉の死骸に、ふと、背中に寒気を感じて足早に銀時の部屋に向かった。

「・・・・・・」

桂が席を立って数分も経っていないが、中では銀時が寝苦しそうに寝ていた。
仕方ないな、と桂は持ってきたものを銀時の枕もとに置いておく。
それから、持ってきていた数冊の書物を読み始めた。
蝉が勢いよく鳴く中、ぱら、ぱら、と紙を捲る音が定期的に部屋に響く。

ぱら、ぱら、ぱら

蝉の声が心地よいリズムに聞こえだした頃、ふと桂は苦しそうな声を聞いた。
この部屋に桂以外の人物といえば、布団に埋もれるその人しかいない。
寝苦しいせいかと思い、額のタオルでも変えてやろうかと側に寄る。
銀時は苦しそうに眉根を寄せて、暑いのか布団をぐちゃぐちゃに乱す。
しかし、どうもその苦しみ方が熱のせいでないように思った。
片手は布団の端を手が白くなるほど握り締め、もう片手は自身の胸元に爪を立てて、まるで心臓を握るかのようだった。

「う・・・・・・あ・・・・・・」

びくん、と銀時の身体が跳ねて、その白い喉がのけぞった。
そのあまりの白さに桂が動揺する。
苦しそうに息を吐く唇が震えてうめき声を出す。

「あ・・・・・・うぁ、ぐっ・・・・・くっあっ」

布団を握っていた手が宙を彷徨った。
その手の頼りなさに桂が目を瞠り、思わず手を差し伸べた瞬間。
がばり、と銀時が身を起こした。
目を見開いて、どことも言えない空間を凝視している。
片目からは苦しさのせいか、うなされた悪夢のせいか、涙が流れていた。

「・・・・・・・・・・・・」

時が、止まったかと思うほどに銀時はしばらくじっとしてた。
その体勢から身じろぎもしない。
その沈黙に耐え切れずに桂が身じろぎすると、その虚空を見ていた銀時の瞳がこっちを見た。
いつも濁った瞳の色が、今はその色を鮮やかにして煌く。

一瞬、見蕩れる。

何も映していないその瞳に己の姿が映ったかと認識した瞬間、畳に背中から叩きつけられた。
予想外のことに驚きながらも、起き上がろうとした桂の上に銀時が馬乗りになり、その拳が振り上げられる。
しかし、桂は冷静に拳の軌跡を読んで、桂が拳を避けると、畳に振り下ろされた拳が大きな音を立てた。
振動が頭を、背中を伝わった。
桂は爛々と光っていた紅瞳が元の深い黒に近い色に戻っていくのを見つめている。
内心、安堵しながらもその瞳の色が戻ることに惜しさを感じた桂は、自分も高杉と一緒かもしれないと思った。

「あ・・・・・・ヅラ・・・・・・」

瞳に溜まっていた雫が一滴、桂の乱れた胸元に落ちた。
雫が触れた肌は一瞬にして冷えて、銀時の狂気に引きづられていた桂の興奮も醒ました。

「重い。」
「・・・・・・わりぃ。」

ぼそりと言って、銀時はのろのろと布団へ戻る。
自分が何をしたか、おおよその理解はしているようだった。
桂は着物を乱したまま、そのいつもよりはるかに頼りない背中を見つめていた。
布団に戻る際に、枕もとの着替えを目にした銀時は、うなされたせいでさらに汗ばんだ着物を着替えることにしたようだ。
後ろで桂が見ていることは気配から知っているだろうに、無造作に着ていた着物を上だけすべて袖を抜く。
それから冷えた汗を拭くためにタオルをたらいで濡らして絞り、肌に当てた。
顔から始まり、首、胸元、腕、背中、腹部にタオルがすべる。
その様を悪びれもなく桂はじっと見つめていた。

華奢といかないまでも細い身体。
かつ、引き締まった身体だ。
表面はなめらかな白い肌。
その肌に張り付いた銀髪はきらきらと光りを反射している。
しかし、白いだけにその身体に残る傷の跡が生々しく、痛々しい。

銀時は上半身をすべて拭くと、下半身もすべて脱ぎ、気だるげにタオルで拭いた。
引き締まった筋肉の曲線が見える脚が惜しげもなく晒される。
その引き締まりぶりに桂が感心してまじまじと見つめる。

「・・・・・・変態か、お前」
「いや、意外に筋肉質だな、と思ってな。」
「・・・・・・」

すべて終えると銀時は新しい着物を申し分程度に整えて着た。
ほぼ前は肌蹴ているが、布団にもぐるだけなのでどうでもいいらしい。
もぐりこんで、それから銀時は桂に背を向けた。

「ヅラァ・・・・・・」
「ヅラじゃない桂だ。何だ?」
「・・・・・・覚えてっか?」
「ん?」
「俺が、なんで、ここにいるかってよ。」
「・・・・・・」
「前、聞いただろ?」
「ああ」

桂は銀時が今何を思ってその話題を出したのかわからなかった。
それでも、遮ってはいけない気がした。

「それがよ、てめぇにもさっぱりわかんねぇんだ。
初めは誘われてなんとなくよ・・・・・・参加してさ。
そしたら・・・・・・一緒にいる奴ら・・・死なせたくなくなって・・・・・・・・・守るために戦った。」
「・・・・・・」

蝉がうるさい。
銀時にとって大事な話が埋もれてしまう。
先程までぬるかったはずの風が、何故か肌寒かった。

「でもよ、おかしいだろ・・・・・・
戦えば戦うほど・・・皆・・・・・・いなくなっちまう。」

蝉がうるさい。
言葉が、声が、その背中が、泣き声でかき消される。
寒いはずの肌がじわり、じわり、と汗ばんだ。

「それでも馬鹿みてぇに、失いたくないって・・・・・・思ってよ。
また、わかってるはずなのに・・・・・・戦場行って戦って・・・零れるもんも・・・・・・拾えずに帰ってくるんだ。」

蝉がうるさい。
かき消される。
何もかも。
俺が銀時にかけようとする言葉すら。
埋もれる。
とうとう汗が一滴肌を滑り落ちた。

「俺、馬鹿だけどよぉ・・・・・ホント、馬鹿だよなぁ・・・・・・」

蝉の声が聞こえない。
蝉の死骸だけが頭に浮かぶ。
滑り落ちた汗は着物に染みた。

「ほんと、自分でも笑っちまうくらい」

何故か、汗とは明らかに違う雫が一滴、
頬を伝って、
落ちて、
着物に染みた。

きっと、背中を向けている銀時はナいていると思った。
汗とは違う雫が顔を流れているのだろう。







肌がまた生暖かい風を感じ始めて、蝉の声が聞こえてくる頃
きっとこの雫は乾いているだろうけど

この心に沁みた感情は乾きもせず
湿っているのだろう







07.09.09
銀ちゃん泣かせたかった
あと、ひぐらしのなく頃にを今更やったので、蝉を出したかった
肌はいまいち色気がないので。笑。

桂にはぽつりとこぼしてもいい気がする。まじめな話は桂で。
高杉には言うけど、否定されて。高杉と銀時は書いていくと狂気かエロしかない気がする。
辰馬には多少言うけど、馬鹿騒ぎする方が多い、みたいな。