紡がれる意志                    #君と歩く道




嗚咽が大分小さくなってきたころ、イザークが声をかけた。声が硬質なのは元からであるが、口調は先ほどにくらべて随分と柔らかい。

「行くか?」

「はい・・・・・・迷惑かけてすみませんでした。」

「迷惑をかけられた覚えはない。」

どこか照れているのか、それともキラのその恐縮した態度にちょっとした怒りめいたものを感じているのか、眉を寄せてそっぽを向いた。

けれど、その言葉は明らかにキラに気を使わせないためのもので、気遣いにしろ本音にしろキラは嬉しかった。なかなか素直に態度に表せないのか、本音をそのまま言ったのか、どちらにせよ彼らしくて少しキラは笑ってしまう。

その洩れた笑い声に少し頬を赤くしたイザークは、けれど目を真っ赤に腫らしながら笑うキラに多少の安堵を覚えたのだった。

手を差し出して、座っていたキラを立ち上がらせようとする。

握った手がひどく冷たいのに気付いて、イザークは今更ながらにキラの薄着を認識した。己のコートを脱ぐと、キラの身体にそれを被せた。

キラは驚いたようにそれをイザークに返そうとしたが、イザークはキラに被せたコートの前を脱がせないようにきつく握っている。もう車に戻るようなので、キラはその好意をありがたく受け取ることにした。

「ありがとう」

「いや、今まで寒いのに気付かなくて悪かったな。」

「それもあるけど・・・・・・なんか色々とありがとう。」

「?俺は別に何もしていない。」

それどころか余計なことを言ってまた泣かせてしまったと思っていた。けれど、アスランからキラの状況を聞かされていたので、吐き出すようにされた告白、慟哭はいい傾向ではないかと思っていた。

「貴方の言葉が嬉しかったんです。」

泣いている間、静かに側にいてくれた。

「おもいっきり泣いて、すっきりしました。」

自分は叱られたかったのだろうか・・・・・・

責められるのではなく、許されるのではなく、ただ、自分を思って自分を叱ってくれることを求めていたのだろうか。

叱る、とはただ相手を傷つける行為ではない。その奥に相手に対する思いが見え隠れするものだ。

優しくしてくれるだけでは、この閉じた殻は開かなかった。

ちょっとした衝撃。

はちきれそうに耐えた思いを無理やり引き出す力。

「ありがとう。本当に。」

「何もしていないといっただろうが。

だいたい、俺が何をしようが何を言おうが、結局受け止める側にその言葉は左右されるんだ。俺の言葉が何かのきっかけになったのなら、それはお前が自ら足を踏み出したということだ。

お前の中にある、前に進みたいという気持ちがお前を前に押し出した。」

「やっぱり優しいんですね、貴方は。」

冷たく突き放すようでいて、相手をきちんと思いやるイザークの気持ちがキラにはよくわかっていた。

でも、そこまで言われると少し照れくさくて、

「でも、好意くらい素直に受け取ってくださいよ。」

茶化すようにキラは笑った。





「ラクス・クラインが今、終戦一周年に際して追悼団の一員となったことは知っているか。」

車の中、対向車のライトが時折イザークの横顔を照らしては通りすぎる。

悪くない沈黙を破ったイザークの突然の話題にキラは思考が一瞬麻痺する。

「え?はい。それで最近は輪にかけて忙しそうですけど。」

「今日、その追悼団の一員として唄を歌うそうだ。弔歌だな。」

「・・・・・・」

そういえば、そのようなことがメールに書かれていたかもしれないとキラはぼんやりと思った。

あまり反応しないキラをちらりと見て、イザークは言った。

「行ってみるか?」

「え?」

「決めたんだろう?」

何を、とは聞かない。

意味など充分過ぎる程にわかっていた。

「はい。」

答えた声はいつになく、しっかりとしていた。















初めて聞いたときにも癒された、透き通った声が心を満たしていくのを感じた。

眩いライトの中にその人はいた。

変わることの無い柔らかい微笑みを浮べて。

「ラクス・・・・・・」

包み込んでくれた。

いつでも。

それでも自分はそれに気付かなかった。気付けなかった。

多くを与えられながら、何も返すことは出来なかった。

けれど、これからは_____



淡いライトが一瞬煌めいたと思うと、耳が痛くなるほどの静けさが舞い降りた。

静かにピアノの曲が流れ始める。







“ねぇ、貴方はわかっているの?

私のこの思いを知っているの?

私はこんな思い、知らないの

貴方にこんな思いを持っているなんて知りたくなかった



あの日のことが蘇る

二人で傷を舐めあうように抱きしめあったあのとき

ただぬくもりが、優しさが欲しくて

偽りでも愛が欲しくて

けれど二人は真実の愛を求めているとわかっていたのに

それでも偽りの愛を求めた



お互いがわからなくて傷つけあった

本当は知っていた 答えは自分の中にあると

でも目を逸らし続けて 気付かないまま二人別れた



遅かったのかな

でも貴方に伝えたいことがあるの

あのとき伝えられなかった思いを伝えたいの

本当は私は貴方を____





どこにも行き場所のないこの思いを受け止めてくれると貴方は言った

それだけで私はとても幸せだった

だけど私はわがままで

それ以上を貴方に望んだ



憎しみをぶつけて、哀しみをぶつけて

貴方はすべてを受け入れてくれると思っていた

そんなわけはないのに、私は甘えていた



謝りたいと思っていたの

そしてそれ以上に感謝を伝えたかったの

貴方が今 他の誰かを愛していても

それだけを伝えたいから

ねぇ、それだけを伝えたいから



私はもう貴方を縛らない



だから一言伝えさせて



貴方を愛していた、と____“





フレイ・・・・・・僕は、君を・・・・・・忘れない。

君のあの生を忘れない。

だから、進むよ。

君を置いていくんじゃない。

君を連れて一緒に歩くんだ。



左耳の真紅のピアスが濡れたように星灯に煌めいた。

責めるような鋭い煌きでない、柔らかな煌きだった。











イザークは隣で静かに涙を流すキラを見ていた。

微笑みながら流すその涙に先ほどの慟哭はない。

すべてを解消できたではないにしろ、心に余裕ができたことはわかる。

____良かった。

そう素直に思う。

イザークもまた、自分のせいでキラが苦しんだことを知ったから。

(・・・・・・こいつに償うなとかいいつつ、こいつに負い目を感じて追いかけてしまった俺もまた、償いたかったのかもしれないな。

だが、平和をもたらしたお前の幸せを望む思いは確かだから___)



“それだけを伝えたいの

ねぇ、それだけを伝えたいの

貴方を愛していた、と“











弔歌を歌い終わり、今日の仕事はこれで終わりだと力を抜いた途端に客がきた。

ラクスは慌ててその姿勢を正し、客を促す。

初めに入ってきたのはアスランを通じて知り合った人。もちろん互いに顔などは知ってはいたが、知り合いという間柄になったのはアスランを通してだった。

久々に見た、銀髪の青年の圧倒する美しさにラクスはため息をつく。

そして、続いて入ってきた青年をみた瞬間に目が見開かれた。

まさか、来てくれるとは思わなかったのだ。

「キラ・・・・・・」

呼ばれた青年は少し恥ずかしそうにラクスに笑みを向けた。

「久しぶり、ラクス」







「なんかラクスには色々迷惑かけちゃったね。

今までさ、色々してくれたのに僕は自分のことばかり、君のことを考えなかった。ごめん。」

「そんな・・・・・・キラが謝ることは何もないですわ。私がそうしたかっただけですから。」

絶えない笑みを宿すラクスはキラにとってどれほど安定感を与えただろう。

キラはゆっくりと微笑み返して、迷いのない瞳を向けた。

それにラクスはキラが終戦後、常に纏っていた影がないことに気付いた。顔つきもしっかりとして生気が宿っている。

(キラ・・・・・・)

生気の戻ったキラにラクスは喜びを感じた。

それと同時にどうしようもない苛立ちを感じたのも確かだった。

自分が、自分こそが彼を立ち直らせてあげたかったのに。

素直に喜べない自分に多少の罪悪感も湧く。

けれど、それよりも何よりも今は、喜ぶべきであり、キラを立ち直らせてくれたその人に感謝の思いを向けるべきだった。

(べき?義務では無いわ。

だって、そう、残念な気持ちはあるけれど、やはり元気になったキラを見るのはとても嬉しいのですもの。)

真っ直ぐに向けられる紫電の瞳が心を満たしてくれる。

「ラクス、僕は____」

僕は・・・・・・



“決めたんだろう?”



そう、決めたんだ。

「この思いを背負って生きていく。

もう、迷わない。」

「キラ・・・・・・」

これからたくさん話をしよう。

今までのこと、これからのこと。

僕が背負っていく思いは決してマイナスではないこと。

君が僕にくれた温かいものを君にもあげたいから。

今まで心配かけた分もたくさん・・・・・・



左耳の深紅のピアスが濡れたように煌めいた。

それはもう、束縛の鎖とはならない。











キラの後ろ姿をイザークはじっと見詰めていた。

そうしてふっと笑うと二人に背を向けて、歩き出した。

「俺のこの傷も_____もう必要ないだろう。」

己の未熟さを忘れないように、あのときの愚かさを忘れないように刻んできた傷。

けれど、もう、必要ない。

すべては心が知っている。

そうして彼は放たれたのだから。

自分もまた、前に進まねばならないだろう。









そうして少しずつ少しずつ、意志は紡がれていく









End

04.5.21

あとがき
ラクスの唄が何故フレイの唄なのか。それは私の都合上(笑)それともラクスにもそういう経験があったのか。
最後むりやりキラ×ラクスにした感じが否めません。すみません。最後までイザークが・・・・・・(苦笑)しかも場面転換多すぎですみませんでした。なんとなく焦った感じになってしまいましたか。何度も書き直したのですが。(泣)でも最後まで書き終えられて良かったです。ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。
最後に:「君と歩く道」はラクスだけでなく、フレイのためにもつけた題名です。