覚悟は決めたはずだった。
けれど、こんなにも・・・・・・痛い・・・・・・
自分は甘かった。
何度も何度も思い知らされる。
その度に覚悟をし直しては、また打ちのめされる。
繰り返して繰り返して
痛くて痛くて仕方ない
けれど、どうしても______
痛む闇
「足りないんです・・・・・・全然・・・・・・」
「何をそんなに求める?」
情事の後にしては冷めた口調でクルーゼはキラの呟きに問う。
ベッドの上に蹲って、抱えた膝に顔を埋めて、キラはくぐもったこえで答えた。
「____力を」
すべてを守れる力を
みんなを守れる力を
何もかもを守れる力を
せめて・・・・・・見えるだけの人を守れる力を。
「贅沢だな、君は。それだけの力を持つ君が、そう言うのなら、他の者はどうなるのかな?」
「・・・・・・僕は全然力なんてありません。」
「いや、君以上の力を持つ者など、おそらく私が知る中で一人くらいしかいまいよ。」
クルーゼはいやに断言した口調でけれど口元を弧に描いたままに言った。
そうじゃない、とキラは思ったが、では何かと聞かれればわからないので黙っていた。
露出した肩と背中がひどく寒いように思えた。
隊長の部屋から出て行くと、ちょうどそこの廊下を歩いていたイザークと目が合った。
隊長の部屋からこの時間に出てくるということは・・・・・・
イザークは少し眉を寄せたが、何も言わない。
互いに立ち止まって見詰め合う。
どうしてかキラは息が詰まる空気を感じて、無理やり笑顔を作ると言った。
「おはよう」
「ああ・・・・・・」
素っ気なくも返事を返すイザーク。
それに少し空気が緩和されたようで、キラはほ、とするとじゃあ、と言って背を向けた。
だが、後ろから腕をぐいと掴まれて、再びそこに立ち止まる。
キラが不思議そうに振り返ると、何やら困惑した顔のイザーク。
「あ・・・・・・」
何事かを呟いて、イザークは目を宙に泳がせる。
勝手に手が動いてしまった、だなんて事実だとしてもまぬけ過ぎて口にできない。
「どうしたの?」
「いや、別に・・・・・・」
それでもイザークの手は言葉とは裏腹にキラの腕を掴んで放さない。
それどころかますます掴む力は強くなるようだった。
キラが訝しげに手を見下ろすと、力を込めていたのに気付いてやっと手を放した。
そうして自分の手を軽く握ったり開いたりして首を傾げている。
まるでどうして手を握ったのかわからない、というように。否、実際そうなのだが。
そんなイザークに苦笑して、キラは言った。
「まだ朝食という時間ではないよね・・・・・・少しラウンジに行かない?」
「あ、ああ・・・・・」
「僕って頼りない?」
「は?」
ラウンジで宇宙を眺めても、あまり変わり映えがしない。よって景色を語り合うなど無理で、沈黙が二人の間に訪れた。
イザークが何か会話を出そうとしたが、最近はあまり明るい話題がないな、と思っているとき。
キラがいきなりこう切り出したのだった。
「イザーク、何か言いたそうだったから・・・・・・」
「?」
「僕は頼りにならない?」
そこでイザークはやっとキラが何を言わんとしているのかを理解した。それが誤解だということも。
なんでこう、思いつめるんだ、と思いつつ、イザークは言う。
「別にお前だから言わないんじゃない。
他人には中々言えないようなことだってあるだろうが。
お前だって一人にも言ってないことがたくさんあるだろう。
そもそも、そういうお前だってちっとも俺に頼らないくせに。」
最後に愚痴めいたものを零せば、キラがふ、と笑った。
確かにそうだ。
自分も話していないことがたくさんある。
けれど、それが全部聞いて欲しいことかと言えば違う。
「互いにそう思ってるのさ。」
「うん・・・・・・
___イザークはもっと力が欲しいって思うことある?」
「うん?」
キラが真剣な表情で聞いてくる。
それにイザークは本当に聞きたかったのはこのことなのだろうと察した。
「当たり前だ。俺はまだまだ未熟だからな。」
「あれ?意外。イザークもそう思ってるんだ。」
「失礼な奴だな。」
「違うよ、褒めたんだよ。」
「お前な、全部表情に出ているぞ。全くわかりやすい奴だ。」
そう指摘されてキラは軽く肩をすくめた。それから外へと視線をずらす。
ガラスの外は闇だけが広がり、そこにぽつんと地球がある。
なんて、頼りない星だろう。
今にもこの闇に飲まれてしまいそうなほど・・・・・・
「僕も・・・・・・力が欲しい。」
「・・・・・・お前は充分力があるぞ?」
イザークが小首を傾げてそう言うと、キラは外を見たまま微笑んだ。
その言葉に見え隠れするイザークの思いやりがよくわかった。
けれど・・・・・・
「ありがとう・・・・・・でも、他人を守れない力は力だと言えるの?」
キラの鮮やかな紫瞳が揺れた。
イザークが隣で目を見張ったのがわかった。
馬鹿な、質問をしてしまったかもしれない、とキラは言ってから後悔する。
この質問の答えなど、決まっているではないか。
キラはイザークの方に顔を向けて、訂正を入れようとした瞬間、イザークが言った。
「守られるだけの人間が、いると思うか?」
「え?」
「守るだけの人間が、いると思うか?」
「イ・・・・・・ザーク?」
イザークのアイスブルーの瞳に呆れたような色が浮かんだ。
キラにはイザークの言葉の真意が汲み取れない。
戸惑ったように瞳を揺らしていると、イザークがため息を吐いた。
「答えはどちらも『NO』だ。そうだろう?」
「・・・・・・」
「キラ、守るだけ、守られるだけの人間なんていやしない。誰でも守りあって生きているんだろうが。
たとえ表面上では一方的な関係だとしても、守られた人間はどこかで誰かを守っている。
こんな社会では尚更な。『持ちつ持たれつ』の関係というやつだ。」
「『ギブアンドテイク』って言ってよ、イザークって微妙に古臭い言葉使うんだから。」
「・・・・・・」
そんなことはないだろう、と言いかかった言葉はキラに向ける前に消えた。
自分の中の矛盾に気付いたからだ。
自分はこう言いながら、キラを守りたいと思っている。一方的なものだと気付いていながら。
だが、誤魔化すように言葉を続ける。
「まぁ、守られるだけでは守られる方も居心地悪いだろうしな。
守られるだけの存在だって確かに存在する。赤ん坊とかな。
・・・・・・だが、守るだけの存在は俺は、知らない。」
最後の言葉は呟くようだったが、キラにはひどくよく響いた。
キラは耐え切れず、上げていた顔を俯かせる。
どうしたのかと覗き込もうとすると、キラが蚊の鳴くような声で呟いた。
「僕、イザークのそういうところ嫌い。」
僕を弱くさせるから。
縋りつきたい衝動にさせるから。
必死に立てた膝を折らせてしまうから。
「・・・・・・そうか。」
淋しそうな声で、キラがはっとしたようにイザークを見上げた。
(傷つけたっっ)
「ちっ違っ・・・・・・」
慌てて訂正しようとするキラを見れば、その頬に伝うものを見て、驚いた。
「キラ・・・・・・」
「違う、違うんだ。イザークが嫌いなんじゃない。
僕が・・・・・・君の言葉で・・・・・・」
キラは必死に言葉を紡ごうとしたが、込上げる熱いものに喉がつっかえる。
何から言っていいのかわからない。
けれど、イザークが嫌いではないんだということだけは訂正をしようと頑張った。
違うんだ。
君を嫌いになったわけじゃない。
むしろ、その逆で・・・・・・
嫌いなのは、君の言葉に崩れてしまいそうになる自分。
弱い自分。
一人だけを守ると決めて、けれど他の人も守ろうとする愚かな自分。
選びきれない、捨てきれない自分。
こんなに優しくしないで欲しい。
自分には、貴方に返せるものなど何もないのに・・・・・・
「よう、イザーク、キラ」
ディアッカが一足先に食堂に来ていた二人を見つけて挨拶する。
それから次々と食堂にアスランやニコルが入ってきた。
最後に新人の三人組が入ってくる。
じろり、とシンがアスランたちを睨みつけ、不愉快そうにわざと音を立てて座った。
冷たい空気が8人の間に漂う。
「・・・・・・」
重苦しい雰囲気の中、朝食が行われた。
朝食が終わると、少しだけ空気が和らぎ、微かに会話が為される。
ニコルが隣のアスランにひそり、と二人にしか聞こえないように囁いた。
だが、小さい声であっても周りが静かだと案外と聞こえわたるものだ。
「どうしてこんな険悪なムードになるのをわかって、欠員補充なんかしたんでしょうね?」
それは素直な疑問だったが、その原因であるシンにとっては大層癪に障る一言だった。
何も自分達が頼んでなったわけではない。
大元の原因はそちら側にあるのだ。
「悪かったな。険悪ムードを作ってさ。
でも、欠員補充はあんた達がいい気にならないためだと思うね。
ヘリオポリスを崩壊させといて、ガンダムに乗っているからっていい気になるなよ。
犠牲をつくっといて、そんなの、俺が許さない。」
「っ言わせておけばっお前はそう言うがなっいい気になっているのはどっちだ!
貴様も同じくせに_____っっ」
イザークがそう言い放った一瞬、シンの顔が強張った。
それを見たキラはイザークの胸倉をつかもうとしたシンとイザークとの間に割って入った。
「ストップ!仲間割れしてどうするのさ!イザーク!」
「どけキラっこいつは分かってない!」
「分かってないのはどっちだよ?!」
「シン!君も!辛いのは分かるけど、その態度はよくないよ。
そうして結局最後に傷つくのは、君自身なんだよ?」
キラが落ち着かせるように言うと、シンが赤瞳を燃え上がらせて唸った。
その目はしっかりとキラを捕えている。
ぎり、と唇を噛みしめた後、シンは大声で叫んだ。
相手の静かな瞳を見ていると、無性に腹が立って仕方なかった。
「あんたはそうやっていい子ぶって、そうやって何もかもわかったフリしてる偽善者だ!
どうしてあんたに俺の苦しみがわかるんだ!」
キラが目を見開いた。
アスランが思わずその言葉に叫ぶ。
「お前こそっキラのことをわかってないだろう!
キラだって__っ」
「アスラン!」
アスランの言葉をキラが押し止めた。
「いいから。アスラン。」
「だが、キラ・・・・・・」
シンを庇うようになったかたちのキラをシンは睨みつけた。
その瞳はもはやキラ以外の何をも見ていない。
キラの隣でシンを睨むアスランも気になっていない様子だ。
シンは唸る口の隙間から、切れ切れに言葉を吐き出す。
悔しくて仕方なかった。
「あんたはずるい。そうやって、辛そうにして、俺は・・・・・・
俺は・・・・・・」
一体誰を責めればいい・・・・・・
シンは身体を翻した。
レイがそれを追おうとして、少し躊躇っている間に、キラがその横をすり抜けた。
シンとキラの出て行ったドアが僅かな音を立てて閉まる。
「なんなんだ!あいつは!キラばかりを責めてっ俺たちだってあいつの妹の仇だというならば、キラばかりにああも言わなくても___っ」
「そう怒るなよ、イザーク」
「これが怒らないでいられるか!お前さっきのキラをちゃんと見ていたのか?!」
「はいはい、イザークはよく見てるもんな。」
「なっ___っ」
イザークの顔が少し赤みを帯びたが、ディアッカの方を向いていて、他のものには背中を見ている形なので他のものは気付かない。
それを面白そうにちらりと見て、ディアッカはシンとキラが出て行ったドアを見詰めた。
「ああやってキラにつっかかってんのはさ、結局あいつ、キラに甘えてんだろ。」
「何?」
「俺たちに言っても、空しいってわかっちまう。自分だって軍人だし、俺たちの過ちではあったけど、ヘリオポリス自体の行為だって裏切り行為なんだから、火種になっておかしくはなかった。
あいつはそんな人ばかりを責められるくらいに傲慢になりきれない。
だから、自分を本当は一番責めてるんじゃないか?ヘリオポリスに預けてしまった自分の判断の誤りを。
でも、そんなのは辛いだけだ。だから、どうしても八つ当たりをしてしまう。
それがキラに向かってるんだから、つまりは甘えてるってことじゃん。」
「・・・・・・お前こそ、よくあいつのことを見ているようじゃないか。」
「ん?これ半分受け売り。
ほれ、そこの彼から聞いたんだよ〜」
ディアッカの示した先には、レイ。
そこにいた皆がレイに注目した。
さすがにレイも居心地悪そうに視線を受け止める。
ルナマリアのちょっと咎めるような視線も痛い。
ルナマリアの場合、そこまでわかっていてどうして冷たくしてるの?男子って本当わかんない、という感じか。
以前、食堂でレイはディアッカに捕まり、勝手にしゃべっていたまでは良かったのだが、そのあと散々カマやらなんやらをかけられてしまった。どうもシンを侮辱するので感情が爆発し、怒ったら、ここぞとばかりに問答誘導された。
しばらくして冷静になったときのレイの表情はそれこそ世界の終わりのようだった。
それをディアッカはにやにやしながら見ていた。その向かいでニコルがため息をついていたのは特筆すべきだろうか・・・・・・
「一体それはいつだ?」
「お前が部屋にこもってた時。」
イザークが嫌そうに顔をしかめた時に、アスランが部屋を出て行こうとした。
「おい、貴様何処へ行く。」
「キラを追う。」
「追ってどうする。第三者が入れば余計に悪化するかもしれないだろう。現にさっきも・・・・・・」
「それでも・・・・・・否、だからこそ、だ。」
そう言って、アスランはすばやく出て行った。
それを見て、イザークは舌打ちをした。
自分だって追いたいのを我慢して、キラとあれの関係をさらに悪化させないようにしているのに、どうしてアスランは先ほどの失態を省みないのか。
キラを少しは信用したらどうだ。
「過保護だな。」
「・・・・・・素直じゃないねぇ・・・・・・」
キラに真正面からぶつかれるアスランを羨ましいと思っているイザークがディアッカにはわかった。
そもそもイザークは顔に表情が出やすく、幼馴染としては感情が手にとるようにわかる。
ディアッカはやれやれ、と肩をすくめた。
「待って!シン」
キラがシンの腕を掴んで、引き止める。
「放せよっ放せっっ卑怯者っっ」
「シン!」
「何なんだよ、あんたっ同情かよ?!哀れんでるのかよ?!
今更後悔してんのかよ!
ほっといてくれよっもうっっ」
シンはキラの手を振り払いながら自問する。
どうしてこんなにも苛々する?
他のメンバーには感じないものだ。
仇という点で自分にとって皆同じようなものだというのに。
半分はきちんと納得している。
軍人で、命令で、まだ未熟だったし、仕方ない。
けれど、納得できない半分がどうしても叫ぶのだ。
どうして『あいつ』なんだ!
どうして『自分』なんだ!
どうして・・・・・・
「ほっとけない。
君を見ていると、痛い。」
ああ、嫌だ。
こいつは俺を暴いていく気がする。
早く、逃げなければ。
早く、早く。
逃げてしまおう。
→NEXT
05.2.4
あとがき
眠いっす。まじに。とりあえず、キラとシン第二弾。ついでにクルーゼとイザークも絡ませて、趣味満載。
自己満足しました。(笑)
次はたぶん砂漠編へ。